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「ん?」

 誰かに呼ばれたような気がした赤いショートヘアーの少女─シェラハはふとペンを止めた。

「でー、あるからしてー」

 今は絶賛授業中なのだから、呼ばれることもないはずなのだが……おかしいなと思いながら先生が書いている黒板を素早くノートに書き写した。幸い、先生の板書が遅かったせいか、無事に全部書き写すことができてほっとしていると、シェラハの後ろで規則正しい寝息が聞こえた。ゆっくりと振り返ると、そこには幼馴染の少年─アマテルが教科書を盾にしてすーすーと眠っていた。この教科の先生は少し変わっていて、授業を疎かにしている生徒を見つけるとその日の気分で必殺の「連帯責任です」を発動する。ある日は疎かにしている隣の生徒を、またある時は疎かにしている人の周りの人だったりとまるで予想ができない。今月、特にアマテルは何度もこの先生の授業を疎かにしているため、そろそろ先生の怒りが頂点に達する可能性が非常に高い。それを防ごうと、シェラハは小声でアマテルを起こそうと試みたが、一向に起きる気配はなくむしろ更に深い眠りへと導いてしまっていた。

(アマテル君。起きて! 先生、来ちゃうよ!」

 板書し終えた先生がチョークで汚れた手をぽんぽんと払っていると、何かを察した先生は教科書を手にしながら教室を巡回し始めた。時計回りならまだ粘れるかもしれないが、運悪くシェラハとアマテルのいる席は反時計周りだとすぐに到達してしまうため、シェラハは焦ってアマテルを起こそうとしたのだがその努力は空しく、先生はシェラハとアマテルをじっと見つめながら小さくこう言った。

「連帯責任です。バツとして放課後教室の特別掃除をしていきなさい」

「は……はひ……」

 シェラハが涙を浮かべながら返事をしている一方、アマテルはまだ気持ちよく眠っていた。


 学園内にチャイムが鳴り響くと、教室から元気な声があちこちから聞こえてきた。

「また明日なー」

「ばいばーい」

「今日、これから遊びに行かない?」

「ごっめ、これから部活なんだわ」

 チャイムが鳴ってからまだ数秒しか経っていないのだが、教室はとある二人だけを残しがらんとなった。

「もう。アマテル君が起きないから!」

「仕方ねぇだろ。あいつの授業、眠たくなって仕方ねぇんだからよ」

「だからって、寝てもいい理由にはならないよ!」

 ぷんぷんと怒りながらほうきで教室内を隅々まで掃いているシェラハと、面倒くさそうに雑巾を絞るアマテル。すでに掃除は終わっているのだが、先ほどの授業の連帯責任ということで、再度掃除を強いられている二人は窓から見える学友たちに目をやった。

 部活に勤しむ者や、それを励ます顧問。校庭で元気よく遊ぶ者や図書室で借りた本を遊具の上で読んでいる者など、様々だった。それらを見ているシェラハの目は羨ましいという色が強く表れていた。

「ねぇ……アマテル君……」

「どうした」

「あたしたち……」

 シェラハが何かを言いたそうにしていると、それをすかさずアマテルが制した。どうやら廊下から先生が歩いてきていているようだった。すぐに掃除用具を片付け、先生を迎えると二人は休めの体制をとりながら「清掃、終わりました」と報告をした。すると、先生は軽く教室内をぐるりと見まわしてから二人を前に立ち、柔らかい笑みを浮かべた。

「ご苦労様でした。もう帰っていいですよ」

「あ、ありがとうございます。では、失礼します」

「……っす」

 二人はカバンを手に取り、下駄箱へ向かおうとしたとき先生が「そうそう」と口を開いた。

「アマテル君、次はないですよ?」

「……っす」

 笑顔の裏にある何か恐ろしいものに怯えながらシェラハはアマテルをひっ捕まえて早々にその場から去った。誰もいなくなった教室の中で、先生は柔らかくそよぐ風にあたりながら外を眺めた。

「……やれやれ」

 その表情は先ほどまでの顔とは違い、どこか慈愛に満ちていた。


「もう。アマテル君ってば、次はないって言われたんだから気を付けてよね」

「へいへい」

 誰もいない玄関ホールでシェラハの声が響いた。アマテルは相変わらず面倒くさそうに返事を返すと、大きく伸びをしながら天を仰いだ。空は気持ちのいい青一色で染まっており、思い切り深呼吸をしたくなるようなそんな天気だった。

「そんじゃ、アマテル君。帰ろっか」

「そうだな。ふわぁあ……ねみぃ」

 こうして二人は校門を出て家路へと向かった。帰り道の途中、コンビニエンスストアで小さなアイスクリームを買いながら二人はあれこれ話しながら時間を共にした。こうしてみるとなんら普通の学園生なのだが、二人にはある秘密があった。

それは、十二星座の皇子ということ。皇子に選ばれたものはとある災いから世界を守る「封印」というものを守護するため星座の力を有している。仮にその封印が解かれると、世界は瞬く間に災厄に飲み込まれ滅亡してしまうといわれている。そうならないよう、シェラハとアマテルは隠れて剣術訓練を積んでいる。この秘密は友達はもちろん、学園内の先生たちにも知らせていない。極秘裏で進めているものなので、誰にも知られるわけにはいかない。なので、仲のいいアマテルと会話をするときは細心の注意を払わないと、うっかり出てしまいそうになってしまうシェラハは常に緊張している。

「ねぇ、アマテル君」

「ん?」

 シェラハは急に立ち止まり声を震わせながらシェラハはアマテルに問いかけると、アイスクリームを食べ終えたアマテルが力なく返事した。何かと返事を待っているアマテルの目にはシェラハが不安で震えているように映ったのか、アマテルはシェラハに近付き小声で「どうした」と尋ねると、シェラハは溶けかけたアイスクリームをそのままにアマテルの目をまっすぐ見ながら口を開いた。

「大丈夫……だよね?」

「……」

 シェラハが言いたいことは何となくわかっていた。いや、わかっている。それは、封印が破られないかということだった。もし、封印が解かれればこの世界はなくなってしまう。それは今までの学園生活がなくなってしまうことを意味している。その封印についてアマテルも知っているつもりだが、如何せん正確な情報は流れてきていない。ただ、封印が破られると世界は終わってしまうという情報だけは流れてきているので、それ以上のことまではわからなかった。

「……大丈夫だろ。そんなに心配すんな」

「…………」

 気が付けばシェラハの目には大粒の涙が浮かんでいた。ぽたりぽたりと涙が地面に落ち、大きな黒いシミを広げていく。ひとつまたひとつと増えていく黒いシミ、次第に声を出し泣き始めるシェラハ。アマテルはバス停の裏にシェラハを連れていき、シェラハが落ち着くまで自分の胸を貸した。幸いにも、今日はやたらと交通量が多く、シェラハの声は誰の耳に届くことはなかった。


「落ち着いたか?」

「……うん」

 夕方の風が少しひんやりし始めた頃、シェラハはようやく落ち着きを取り戻した。カバンからタオルを取り出し自分の目元へあて、涙をふき取ると何度か深い溜息を吐いた。シェラハは決して自分の腕に自信がないわけではない。むしろ、アマテルと同等それよりか少し上の実力を持っている。なのだが、感情面で不安なところがあった。冷静であれば非常に強いのだが、一度感情がかき乱されるとシェラハは真の実力を発揮することができなくなる。それは幼馴染として長年剣を交わしてきたアマテルにしかわからない、シェラハの癖だった。特に、シェラハにとってアマテルは特別な存在なため、クラスの生徒にアマテルについてからかわれると、シェラハは顔を真っ赤にして怒り出してしまう。そのせいで何度自分が駆り出されたかと思うと、しっかりそういう面もケアしないといけないと思っていた。

「お前は実力あるんだから、ちったぁ自信持てよ」

「……そう……かな……」

「ああ。このオレが言うんだ」

「……えへ。嬉しいな。アマテル君にそう言われると」

「……バス、来たぜ」

「……次ので……」

「……」

 目を腫らしながら停留所に座るシェラハとアマテル。好きなところに座り次のバスを待つ間、シェラハはアマテルの肩に頭をのせながらどこか虚ろな表情をしていた。アマテルはそれを何も言わず受け入れると次のバスが来るまで無言を貫いた。そんな二人を眩しいオレンジ色の光が優しく包み込んでいた。

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