朔
無音が耳を叩く夜。自分の鼓動ですらも聞こえないただ静かな場所に一人の少女が立っていた。澄み渡る氷の湖のような青い瞳、透き通るような白い肌の上には薄い羽衣を纏っている。まるで銀色の糸のような細く長い髪を揺らし、腰辺りには白と黒の二対の小太刀がささっていた。そして少女を守るかのように巨大な白と黒の大蛇が辺りに目を光らせていた。誰かいないか。他にいないかとお互いが目で合図をしながら警戒をしていると、少女はふと動き始めた。歩く度に銀色の糸はふわりふわりと揺れ、それに合わせて大蛇たちも上下にゆっくりと動く。不安定な視界ではあるが、それでも二匹の大蛇は警戒を怠ることなく舌をちろちろと出しながら辺りを見回していた。
少女が歩いている場所は星々の瞬きの間。幾千育万の星の間を少女は散歩道かのように慣れた足取りでゆっくりと歩いていた。時折、挨拶のような瞬きに気が付いた少女はそちらに振り向き、うっすらと笑い応える。しばらく歩いた先にあるのは、細かな細工がされた大きな鏡のようなものだった。その鏡は少女が近づくにつれ、光を増していき少女が鏡の前にたどり着くときらきらと輝きながら何かを映し出していた。
傷だらけになって倒れている二人
泣きながらその場にうずくまる少女と動かなくなった青年
覚悟を決め得物を振りかざす女性
重なるように倒れる二人
学友を手を掴もうとするもその前に事切れる少女
涙を浮かべながら動かなくなった少女
悔しそうに涙を浮かべながら撤退をする少女
映しては消え、映しては消えを繰り返し、役目を終えた鏡は徐々に色をなくし沈黙した。その様子を見た少女は目から涙を一筋流し、唇を強く噛んだ。一筋の涙はやがて濁流となり、少女の感情を飲み込んだ。止めどなく溢れる涙は少女の足の力を奪い、立てなくした。泣き崩れてしまった少女は声が枯れるまで感情を暴走させると、やがて落ち着いたのか大きく息を吸いながら長い袖で涙を拭った。さらに大きく深呼吸をしてから、少女はまた歩き出すとそこには星々の間にぽっかりと空いた巨大な穴があった。そしてその穴の周りには厳重な仕掛けが施されており、不用意に触るものには天罰ともいえる雷が降り注ぐよう設定されている。少女はその穴の近くまで近寄ると、男女二人が瞬時に現れた。一人はぴしりとした軍服に身を包んだ角の生えた幼い容姿の少女、もう一人は鱗を張り合わせたかのような軽装備を付けた真面目な長身青年。どちらも腰に武器をさし、いつ何があっても対処ができるような出で立ちだった。最初に口を開いたのは、軍服の少女だった。その声は顔には出ていない悲しい気持ちが籠っているのか、若干震えていた。対し青年は既に覚悟を決めているかのように、口をきつく結びながら何も言わなかった。しかし、その目は軍服の少女以上に潤んでいた。
少女は軍服の少女の頭を優しく撫で、ぎゅっと抱きしめた。慈しむように優しく抱きしめたあと、少女は柔らかく笑いながら頷いた。続いて青年にも大丈夫とばかりに大きくゆっくり頷くと、仕掛けを解き大きく開かれた巨人の口のような穴の前へ立った。夜の闇をも飲み込む深い深い闇が蠢く大穴と対峙した少女は、祈るように自身の手を握った。そしてなにやら詠唱を始めると、少女の足首辺りからまるで蛇の鱗のようなものがぼんやりと浮かび上がった。その鱗は這うように少女の右足首に絡みつくと膝あたりでぴたりと止まった。しかし、左側は足首から始まり腰あたりまで鱗が這い上がっていた。そして詠唱を終えた少女の顔には明らかに苦痛に歪んでいた。その痛々しい表情に軍服の少女が駆け寄ろうとするも、青年はそれを無言で制した。助けたいのに助けられないもどかしさに、軍服の少女は今にも泣きだしそうだった。それは、青年も同じだった。だが、これは手出しをしてはいけないという規則となっていて、軍服の少女もそれは知らないわけではない。規則なのはわかっている……だけど……せめて傍にいたいという気持ちが勝り、軍服の少女は青年の制止を払いのけて走った。間に合えと強く願いながら必死に手を伸ばした。しかし、その手が届くことはなく、鱗が消えた少女は何度か深呼吸をした後、ゆっくりと後ろを振り返った。そして、二人に微笑むと迷わず大穴の中へと落ちていった。
軍服の少女の手はさっきまで少女が立っていた場所を空しく掴むと、軍服の少女は声を張って泣いた。
「またお会いしましょう」
確かにそういったはずなのだが、少女の最後の言葉は闇よりも深い深い闇へと吸い込まれていった。
自分でも聞こえないくらいに深い深い闇はまるで獲物だとばかりに少女の周りを包みこんだ。
その後、世界は跡形もなく消え、間もなく新しい世界が誕生した。




