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「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
自宅の扉を開けると、気持ちの良い朝日に一瞬視界を奪われた。澄んだ朝の空気を目一杯吸い込み、肺を膨らませお気に入りの靴のつま先をとんとんと蹴り、一歩前に踏み出した。
青色から毛先に向けて紫色の髪をフィッシュボーンに編み、紫色のラフなジャケットに白色のタンクトップ、ジーンズ地のホットパンツに左右色違いのソックスを履き腰当たりから金色に輝くサソリの尾が生えていた。そしてホットパンツには、奇怪な模様が刻まれた丸いアクセサリーのようなものがあった。
彼女の名前はシャウラ。シェラハとアマテルと同じ学園に通う学生で彼らより先輩にあたる。明るく面倒見のいい性格で学園の人気者。そんな彼女のポジティブな考えに救われた生徒は非常に多く、そんな彼女に想いを伝える生徒はかなりの数を数える。しかし、彼女は言葉を丁寧に選びそれらをすべて断っている。また、学級委員や生徒会長に推薦されることも多いが先と同様に断っている。周りからは「もったいないなぁ」とか、「次こそは首を縦に動かしてよね」とか色々言われている。乾いた笑いでその場をやり過ごし、そそくさと帰り支度をし、下駄箱へ向かうシャウラの目にはどこか陰りのようなものがあった。廊下で知り合いとすれ違う度にその陰りは段々と濃くなっていき、言葉を交わす度に澱んでいき、笑顔を浮かべる度に濁っていく。下駄箱へ辿り着いた時には心が此処にあらずのような覇気のない顔へと変わっていた。誰もいない下駄箱に遠くから響く友の声、雑踏がシャウラの表情をより深いものへと堕としていた。思わず溜息を吐きながら、シャウラは自分の靴を取ろうとしたとき背後から声が聞こえた。
「あ、シャウラー! もう帰るの?」
すぐに気持ちを切り替え、いつものにこにこ笑顔になりながら声のする方を向くとクラスメイトだった。クラスメイトは手を振りながらこちらに近づくと、これから一緒にお茶をしないかと提案してきた。もちろん嬉しいお誘いではある。クラスメイトと仲を深めることには大賛成である。教室の中では話せなかったことを話すもたくさん話したい。美味しい紅茶や美味しいスイーツを食べながら恋話など長時間話したい。その帰り道にふらっと洋服屋に寄って鏡越しに言い合いっこしてみたい。なんならおまけで、帰り道にたまたま見つけた話題のドリンク屋でテイクアウトしてみんなで写真を映える撮って今という時間を共有してみたい。
だけど
シャウラにはそれができない理由があった。今のシャウラはにこにこ笑顔ではあるが、心の中では苦虫を噛み潰したような顔になっている。一緒に遊びたいという気持ちの中、それができないというジレンマを抱えながらシャウラはまた言葉をひとつひとつ選びながらクラスメイトの誘いを断った。
「えー、ランチの時に話したあの話題、もうちょっと話したかったのに。でも、シャウラも用事があるんじゃしょうがないか。また今度ね」
「うん。ごめんね。今日の用事はどうしても外せないんだ」
嘘だった。特にこれといった用事はないのだが、こう言えばなんとなく回避できていると思っている自分がほんのちょっぴり許せなかった。
だけど……。
だけど……。
色々な感情を押し殺し、シャウラは申し訳なさそうに謝りながら校門を抜けた。
「はぁ……」
空に浮かぶ雲に溜息をぶつけ、細い目で夕暮れに染まる景色を眺めるシャウラ。静かにただ静かに時を刻んでいる中、自分だけがなぜかそこに置いてけぼりにされているような感覚になったシャウラは目にうっすらと涙を浮かべていた。
「……壊したい」
無意識に出たその言葉は何を意味するのか。
シャウラは十二星座の皇子でさそり座のコアを継承する家系の末裔である。学園内での誘いや友人たちの遊びの誘いを断るのも、彼女が背負っている使命のせいでもある。もし、仲が深まりすぎてしまえば、別れが辛くなるということを彼女自身が一番わかっている。使命のため、自分のやりたいことを抑え覚悟を決めることでいざというとき、躊躇してしまわないよう何度も自分を戒めてきた。
クラスメイトたちが嫌いではない。むしろ、大好きだ。大好きだからこそ、わざと自分から距離を置くという判断をした。迷わないように。躊躇しないように。今のこの学園生活はシャウラにとってかけがえのない時間なのはわかっている。だからこそ、迷いたくない。判断を間違えたくない。必要最低限のやりとりさえも無駄にしたくない。その中にある充実感を味わいたいというシャウラの小さな小さな願いを阻害するもの─封印の存在だった。この封印があるからこそ、シャウラが心から学園生活を送れないというのもあるが、この封印があるからこそ学園生活が送ることができているという最大の矛盾にもどかしさを覚えている。今という世界を滅亡させてしまうほどの存在を封印が守っている。そしてその封印が今という世界を守ってくれている。なんともおかしな組み合わせだなと自嘲しながらシャウラは腰にさした奇怪な模様が刻まれたアクセサリーに手を伸ばした。それはシャウラの武器である蛇腹剣の柄だった。ひとたび戦闘態勢に入ればそれは稲光のように轟き、鞭のようにしなり相手を不意をついて攻撃をすることができる。この力を継承したのは同じ学園に通うシャウラ、アマテルも同じで戦闘態勢に入ればそれぞれが所持している武器が反応する。ほかの皇子たちは封印を守ることに重きを置いている中で唯一、シャウラだけがこの封印を破壊したいと願っている。もちろん、口にできることではないため、胸の内に秘めているがそろそろそれも限界に近付いてきているシャウラは思わず呟いてしまった。
「まるで、あたしと同じだね」
そのときのシャウラの顔は、どことなく喜んでいるように見えた。




