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真紅は屋敷中を駆け巡りながら、大きな声を張った。無事な者が一人でも見つけられるのなら……もし、それが愚行だと思われも。真紅は一声一声魂を載せて声を出した。
「無事な者はおらんか? いたら返事せぇ!」
廊下、居間、他の場所を隈なく探しても、声をあげて返事をする者は誰もいなかった。聞こえてくるのは無音というあまりにも耳障りな音だけだった。
「……うちだけかもしれんのう」
ふと嫌な思いが頭を過った。こんなに声を出しているのにも関わらず誰も返事をしないというのは……状況が状況なだけにそう思うのも無理はなかった。いつもであれば真紅の声が屋敷内に響けば誰か一人は必ずすっ飛んでくるというのに、今は誰も来ない。つまりはそういうことなのだろうか。
「……情けないのう……」
ふと真紅は動かしていた足をぴたりと止め、頬を伝う雫をぐいと拭った。いつも口癖のように「みんなを守る」と言っていたのはどの口だ? 誰も守れていないではないかと自分を強く叱責した。自分の不甲斐なさに拳をぐっと握った真紅は思いのすべてを壁にぶつけた。轟音と共に壁には放射状にヒビが入り、粉々になった土壁はぽろぽろと廊下へ零れ落ちていった。これで気持ちが落ち着くわけではないが、何もしないよりは幾分心は軽くなったと感じた真紅は深呼吸をし、自分の頬を強く叩いた。
「っしゃ!」
気合を入れた真紅は、再び屋敷の中を走り続けた。小さくてもいい、何か希望が残っていないかどうかを確かめるため、真紅はただひたすらに足を動かし続けた。
あれからどれだけ時間が過ぎていったのだろうか。体力はとっくに限界に達しているというのに、頭は「休んでいる暇はない。動かせ。手と足を動かし続けろ」と命令を出し続けていた。暴れる心臓が耳を打ち、荒れる呼吸で口の中がからからに乾く。もうこれ以上は限界だと感じた真紅はついに足を止め、その場で膝をつき乱れた呼吸を整えた。酸素が足りないせいか、頭もなんだかふらふらし顔を上げると一瞬だけ目の前がぐらりと揺らいだ。思わず後ろに倒れてしまいそうなのを必死に堪え、頭を振りなんとか持ち直すとそこは厨房だった。しかし、そこは見慣れた厨房ではなく、すでにぐちゃぐちゃに破壊されたものだった。調理のしやすさがウリだった作業台は真っ二つに割れ、たくさん火を使う料理ができるよう遠方から取り寄せた最高級の釜は無残にも砕かれ、転がっていた。ほかにも男たち専用のエプロンが掛けられていた棚は見る影もなく壊され、まるでそこには何もなかったかのようにそこだけ空白だった。
「……」
こみあげる思いをぐっと噛み殺し、真紅は斜めに傾いている保冷庫を何気なく開けた。すでに保冷機能を失っており、開けた途端に生暖かい風が真紅の手を撫でまわした。
「なぜ、開けたのだろう……」
開けた本人も疑問に思いながらも、真紅は保冷庫の中を覗き込んだ。暗がりの中を目を凝らしてみてみると、そこには見慣れた器があった。そしてその器はいつも家族たちの喧嘩の元となっているも、家族から愛されたあるものが盛られていた。
「これは……」
主役であるほくほくの芋、甘く歯ごたえのある人参、甘辛たれをたっぷり含んだシャキシャキの玉ねぎ、それともう一人の主役、ぶつ切りにした肉。この肉の旨味がほかの食材に溶け込んで美味しくなるとあいつは嬉しそうに言っていたっけ。そう、それは。
「にくじゃが……」
切り方にもこだわりがあったあいつが残した最後のにくじゃが。真紅は保冷庫から器を取り出し、まだ無傷の箸を適当に掴み、一口。
「……あぁ……美味い」
味も均等にしみ込んだ食材が疲れた真紅のお腹だけではなく、心までもゆっくりと満たしていく。いつもなら「行儀よく食べんかい!」と怒鳴るのだが……今回ばかりは皆に内緒で厨房に胡坐をかき、ゆっくりと味わった。美味しいからもっと食べたいのだが、無くなるのが惜しいというジレンマと格闘しながら、最後の最後までにくじゃがを味わい、両手を合わせて感謝の挨拶をした。
すっかり元気を取り戻した真紅は屋敷内を最後に軽く見て回り、次は屋敷の外である町を確認しようとした。
「……さよならは言わんけぇな」
生まれ育った屋敷に背を向け、真紅は町へと向かった。
町に到着した真紅は思わず言葉を失った。そこは昨日まで見ていた町ではなく、まさに惨状と化していた。家屋は崩れ、あちこちでは激しく火が燃え上がり逃げ惑う住人たちの行く手を阻んでいた。その火が照らす中には既に事切れてしまった人もおり、真紅は唇を強く噛み締めた。自分たちの屋敷のみならず、町の人たちまで襲うのかと怒りを露わにしながら、真紅は燃え盛る火の中、逃げ遅れた人がいないか探し始めた。幸い、すぐに何人か救助を行い火の手が迫っていない場所まで案内をすると、真紅は再び町の中へと駆けていった。
全体を見て周り終えた真紅は、とりあえず一息つき無事だった住人たちを隣町へ続く道を案内した。本当ならば一緒についていかないといけないのだが、なんとなく胸騒ぎがする真紅は住人の一人に明かりを持たせ迅速に町へ向かうよう指示をした。住人は皆力強く頷き、脇目も振らずに夜の道を駆けていった。
「……そろそろ出てきんちゃい」
氷のような凍てついた言葉に呼ばれて飛び出してきたのは、屋敷の中で見たあの得体の知れない物体だった。その物体は物言わずに真紅を嘲笑っているかのように伸びては縮みを繰り返していた。そのはっきりしない動きに更に怒りが増した真紅は長物を音もなく抜き、構えた。
「さぁ、無法を働きよるものどもへの仕置きの時間じゃ。うちはあもうないけん、おどりゃあら、覚悟せぇよ!」
女性とは思えない声量で得体のしれない物体に咆哮すると、色々な場所から新手が増えていった。その数は数えるのを諦めてしまいそうになるほどの数だった。非常に不利な状況なのにも関わらず、真紅はくすくすと笑いながら力を開放した。すると鍔部分に埋め込まれたコアが眩く光り始めると、刀身が僅かに声をあげた。
「幕開けじゃ」
刀身が夕焼けのように発光するのと、得体のしれない物体が飛び掛かってくるのはほぼ同時だった。真紅は非常に落ち着いた様子で飛び掛かってきた物体をきれいに二分割にすると、ふうと小さく息を吐いた。
「うちの本気を見せるときじゃけぇ」
十二星座の力を開放した真紅は、攻撃力はもちろん機動力も強化されており戦いに慣れていない者であれば、目で追うのがやっとのくらい。しかし、得体の知れない物体はそんな真紅のスピードにも難なくついていき、仕留めようとする。それをまるで目の前を飛んでいる虫を払うかのように軽く弾くと弾かれた物体は音もなく霧散していった。このままでは危ないと察することができるのかは不明だが、いくつかの物体は真紅に背を向け逃走を図ろうとするも、その圧倒的な速度の前には歯が立たずに霧散していく。
「逃がしゃあせん」
霧散した合間から新しい物体が真紅を襲うも、目に見えない神速の太刀の前に全てが等しく霧散していった。
「あがぁなぁらが受けた痛みゃぁこがぁなもんじゃなぁんじゃぁ。あんたたちに教えちゃるから、どんどん出てきんちゃい。半端な覚悟じゃあ、うちのたまは取れんねん」
ドスの利いた声で得体の知れない物体たちを挑発し、その度に屠っていく真紅。これなら全てを狩ることができると確信した真紅はほんの一瞬、心の隙を生んでしまった。その隙を狙っていたのか、得体の知れない物体は真紅の死角から突進し、鋭い腕を突き出した。周りへの警戒を怠っていた真紅が気が付いた時には既に遅く、視線の先にはあの腕が迫っていた。
ぎりぎりの所で首だけを動かし致命傷は免れたものの、右肩から胸にかけて深い傷を負った真紅はよろよろと立ちながら得体の知れない物体をぎろりと睨んだ。
「うちの覚悟が足らんかったんじゃろうか……。焼きが回ったもんじゃねぇ」
段々と呼吸と意識が薄れていく中、立つこともできなくなり仰向けに倒れる真紅の周りにはあの得体の知れない物体が真紅を囲み、顔を覗き込んでいた。真紅は覚悟を決め、目を閉じた。
何かが壊れる音が聞こえた。




