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匂いの案内に従うと、段々とその匂いの正体がわかってきた。
「これは……にくじゃがか」
家族の中でも一番硬派な男性が作るにくじゃがは食に煩い真紅も唸るほどの腕前で、売り切れになることが多い。ほかにも和風だしをたっぷりと使っただし巻き卵、脂ののった鯖の塩焼きなど純和風の匂いがいつもかより慣れている食堂までの道を楽しませてくれた。
「あいつら……本当に腕をあげたな」
嬉しさについ顔が綻んだ真紅は、間もなく食堂だということに気づきすぐにしゃんとした顔へと戻り暖簾をくぐった。そこにはすでに用意が済んであとは着席をし、手を合わせるだけだった。皆身だしなみを戻し順に席へ着き、残すは真紅のみとなった。炊き立ての白いご飯はどれも粒が立っており米独特の甘い香りがふわり舞った。味噌汁はシンプルに豆腐とわかめだが、味噌と出汁の塩梅が絶妙で香りだけでも美味しいというのがわかる。香の物もきれいに切り揃えられた大根に飾り切りされた柚子がおめかしをしていた。食後のデザートはウサギ型に切られたリンゴが用意されていた。
「準備が整いました!」
今日の料理当番代表が声を挙げると、真紅は「うむ」といいながらゆっくりと座布団に腰を下ろした。目の前で盛られた甘い香りを放つ白米、豆腐とわかめが揺蕩う出汁を利かせた味噌汁だけでも涎ものなのに、他にもずらりと並んだおかずの数々に真紅も思わず目を見張った。ごくりと生唾を飲み、一呼吸置いてから真紅は両手を合わせた。
「感謝を忘れるな! いただきます!」
「「いただきます!」」
屋敷全体を震わせているのではないかと思うくらいの大きな声と共に始まった食事。箸を手に取り、まずは白米を頬張る者、味噌汁をすする者、ふわふわの和風だし巻き卵に苦戦する者、鯖の濃厚な脂に酔いしれる者、にくじゃがと奪い合う者など様々だった。食べ物の奪い合いはいつものことだとわかりきっていた真紅はまず、香の物から手を付けた。ぽりぽりと歯ざわりのいい大根に後からふわりと香る柚子に思わずうなり声を出すと、次は何にしようか迷った結果味噌汁に手を伸ばそうとしたとき。
ばしゃぁあ
ぽた ぽた ぽた
にくじゃがの奪い合いをしていた男たちが勢い余って真紅の味噌汁に手が当たってしまい、豪快に零れてしまった。目の前で味噌汁が零れるのを、ただ静かに見つめていた真紅は一瞬何が起こったか理解するのにほんの数秒要したが、わかってからはすっくと立ち足音を立てずに男たちの元へと近寄り肩をがしりと掴んだ。
「……我慢してたけど、そろそろうちも限界やけぇ。奪い合いは程々にっていつも言うておろう」
静かにただただ静かに、そして柔らかい声で放たれたその一言は何よりも怖い。男たちはさーっと血の気が引いたような顔になり、口をぱくぱくとさせながら固まっていた。そして肩を掴まれた男は涙を浮かべながら悲鳴を挙げた。
「うちはあもうないけん。覚悟しいや」
「あああああ……おおお許しを!!」
「今日こそは許さんけぇ。暴れておった奴、全員並べ」
顔には出していなかったが、食事を楽しみにしていた真紅はこのような形で台無しにされたことに激怒しにくじゃが争奪戦に参戦していた男たち全員並ばせ、拳骨をお見舞いした。全員に一発ずつ拳骨をお見舞いし、たんこぶを見せながら黙々と食事をしていく男たち。かろうじで残ったにくじゃがを一口食べると、その変わらない美味しさに真紅は男たちに気づかれないよう何度も何度も噛みしめていた。
(美味い……美味い。しかし、美味すぎるのも罪な話よな……こうも争ってまで食べたいとなると……でも……仕方ないのう……)
デザートのウサギ型リンゴも食べ終え、残さずきれいに食べ終えた真紅。最後に熱い緑茶を一口含んでから周りを見ると、全員食べ終えているのを確認。それから手を合わせ、挨拶をしてから真紅が少し重い口を開いた。
「すまんのう。一つ、伝えないといけんことある。しばらく、にくじゃがは封印じゃ」
この一言に不満の声が挙がるかと思いきや、誰も反対の意を出さなかった。だが、一番反対の意を唱えたいのは、このにくじゃがを作った男だろう。美味しいものをみんなに食べてもらいたいという純粋な思いが、きっと奪い合うまで美味しいにくじゃがへとさせたのだろう。しかし、これまでに何度も奪い合いがあり、今回は特ににくじゃがが大好きな男たちは少しでも多くにくじゃがを確保しようと争った結果、今回のような事態が起こってしまった。苦渋の決断とはいえ、何度も何度も争いながらの食事は全てを台無しにさせてしまう。
「にくじゃがの他にもお前にしか作れない物がきっとあるはず。楽しみにしとるけん、精進しぃ」
「……押忍」
今回の出来事を機にほかにも料理の腕を磨く者が出ることを願いながら、後片付けを男たちに任せ真紅は体を休める前に夜の町を確認するため、門扉を開けた。
ひんやりとした風が真紅の頬をそっと撫でた。心地よいその風に当たろうとした町の人は多く、月が傾いている時刻だというのにも関わらず、先ほどと変わらぬ賑わいを見せていた。あっちの酒屋では笑い声が、こっちの食事処ではたくさんの声が重なっていて聞いているだけでもなんだか心がわくわくしそうなそんな温かい雰囲気があった。
(少し上から見てみるか)
真紅は人気のない場所へと移動し、足に力を込め地を蹴った。星座のコアの力で増幅された跳躍力は一般人では到底たどり着けない場所へも難なく行くことができる。例えそれが町で一番大きな建物であってもだ。町の人はそれを「城」と呼んでいるのだが、中は展示品を飾っているだけの建物。日中は開放していて最上階から眺める景色は町の人たちだけでなく、他所から来た人たちにも大人気の場所となっている。真紅はそこから更に一段上の屋根瓦の上に立ち、町を一望した。地上とはまた違った景色に思わず表情が緩んだ真紅の頬に更に冷たい風がくすくすと笑いながら通り過ぎて行った。眼下に広がる煌めきに溢れた町を見た真紅はサングラスをブリッジを押し上げた。
「うちはここから見る景色が好きなんじゃ。誰もが笑って、楽しく過ごせる雰囲気を一番遠くから、だけど一番近くで感じることができるけん。この景色を守るためなら、うちはなんだってする。誰にもこの平穏を壊されたくないけん。もし、その平穏を壊そうとする輩がいるのなら……うちは徹底的に叩くけん」
この平穏はみんなで築いてきたもの。たくさんの苦労や悲しみ、そしてそれ以上の喜びや楽しいことが幾重にも重なりできたのが今のこの町。それをどこの誰かわからない輩が壊そうとするのなら……真紅は自分でも気が付かない内に静かに長物に手を添えていた。
「いけんね。かっとなりやすいのは損気や」
静かな冷たい風に注意をされたのか、真紅は長物から手を放し頭を横に振った。危うく下らない思考に支配されるところだったと小言を言いながら真紅は最後に町をぐるりと見まわし、特に異常がないことを確認すると慣れた様子でとんとんと地上へと降りて行った。まるで階段を軽やかに降りていくような足取りであっという間に地上へと到着すると、そのまま屋敷へと向かった。
「……気のせいやろ」
なんとなく気配を感じた真紅はゆっくりと後ろを振り返った。しかし、そこには何もおわず変わりに楽しそうな笑い声が遠くから聞こえてくるだけだった。小さく首を傾げながら屋敷へ向かう真紅。
「次はないけん」
静かに冷たく、そして殺気を含んだその言葉は届いているのかはわからない。ただ、忠告だけはしないといけないと思った真紅はそう言い残し、いつもよりもゆっくりとした足取りで町を後にした。
風が少しだけ強く吹いた。




