そして伝説へ ~聖女お披露目夜会・吐血事件~
王城のメインホールは、最終決戦のイベントスチルもかくやというほど豪華絢爛なありさまだった。
視界を埋め尽くす大量の薔薇に、何百もの緻密なクリスタルで構成された巨大シャンデリア。俺がCGデザイナーだったら間違いなく泣いている。
(ラスボス出てきそう……てか王家の予算、どうなってんの……!?)
今日は『アルカディア王国の至宝』と讃えられる聖女──つまりこの俺──のお披露目パーティだ。
うん。いや、わかってる。ちょっとだけ説明させてほしい。
事の発端は数日前。ミレニア様のため「真の聖女」になろうと決意した矢先のことだ。
ルカの石が急に輝きを失い、慌てて駆け付けた俺は、なんだかヤバそうな黒いエフェクトを放っているヤツに遭遇した。とっさにその黒い何かをペンダント(呪いの石)に吸収させてみたら、あら不思議。バッテリー (魔力)が一気に【フルチャージ(100%)】されてしまったのである。
『ラッキー! これだけ魔力があれば「奇跡」撃ち放題じゃん!』
渡りに船とはこのことだ。俺は「聖女としての実績作り」のため、学園で手あたり次第「奇跡 (ヒール)」をばら撒きはじめた。
……のだが。
「ああ、ユニ! 分け隔てない、その慈愛……!まさに聖女だ」
「彼女の光を我々だけで独占してはならない! 今すぐ国中にお披露目しよう!!」
「かしこまりました、直ちに手配しますわ! 」
クライヴ王子たちがいちいち大袈裟に騒ぐから大変だ。限界オタクと化したイケメンズとその取り巻きにより、あっという間に特大予算が下り、この夜会が緊急開催されてしまったのである。
で、現在。
俺は顔面に特上の美少女スマイルを張り付けたまま、滝のような冷や汗を流していた。
「すごい! 剣術の稽古で痛めた筋が完全に治った……! さすがユニだ!」
「まさに聖女だな!! お嬢、俺の古傷も頼むぜ!」
イケメンズ(攻略対象)だけでなくモブ令息たちまでもが、次々と俺に治癒を求めて群がってくる。
(握手会かよ!?こいつら美少女に手ぇ握ってほしいだけだろ……!それに──)
チラリと胸元へ視線を落とすと、ペンダントに束ねられた『誓いの石』たちが、チカチカと不穏な明滅を繰り返していた。
俺が誰かに奇跡 (ファンサ)を使うたびに、イケメンズの好感度が嫉妬でギュンッ!と急降下しそうになるのだ。その度に愛想と奇跡を振りまき続け、かれこれもう一時間が経過している。
(無限モグラ叩き……!不毛過ぎる!!どうにかして切り上げないと……!)
「うふふ、皆さんのお役にたててとってもうれしいですぅ♡」
俺はあざとさ全開のポーズで全員を見渡すと、「でも、ちょっと疲れちゃったみたい♡」と小首を傾げてタスクキルを試みるが、そうは問屋が卸さない。すかさずアーサーがずいっと一歩前に出た。
「ありがとう、ユニちゃん! お礼と言ってはなんだが、今度の休日に観劇でも──」
「抜け駆けはずるいぞ! ユニ、俺が話題のカフェを貸し切るから!」
途端に、胸元の石がえげつないほど激しく自己主張を始める。
(ヒィッ! やめてくれ、ここで誰かの誘いを受ければ他の奴らの好感度が激減して即バッドエンドだ!)
「やぁん♡ わたしのために争わないでぇ! みんな仲良くしなきゃダメですよぉ」
「ユニ……なんて優しい……!」
「だが、この感謝の気持ちはどうしても伝えたいんだ!」
「ああ! だからどうか、俺たちの中から一人だけ、君をエスコートする名誉を与えてくれないか!?」
「お願いだ、ユニ!」
「えっ、ええっとぉ……」
熱を帯びた瞳で一斉に詰め寄られ、完全に退路を断たれてしまう。
誰か一人なんて選べるわけがない。
こうなったら──。俺は腹をくくると、適当に一人の令息の鼻先に指をビシリと突きつけた。
「だ──だ・れ・に・し・よ・う・か・なっ♪」
誰かを選ぶのではない。これはあくまで乱数……神様の思し召しだ。俺が冷や汗をかきながらフラグ管理に全リソースを注ぎ込んでいた、その時──。
「聖・女・さ・ま・の──」
「──ユニさん。ちょっと、いいかしら?」
「ひゃうっ!?」
背後から響いた冷たい声に、俺はビクッと肩を跳ねさせた。
恐る恐る振り返ると、案の定そこにはミレニア様が立っていた。彼女は俺の腕をガシッと掴むと有無を言わせず、壁際へと引きずっていく。
連行された先には、殺意もあらわな令嬢たち。ミレニア様はその中心に立つと、冷ややかに俺を見下ろした。
「あなた、わたくしの忠告を聞いていなかったんですの!? 誰かれ構わず色目を使うのはおやめなさい! はしたない!」
「えっ、えっとあの……。誰かれかまわずっていう訳じゃぁ……」
しどろもどろに言い訳しようとする俺の言葉を、ミレニア様はピシャリと扇子を鳴らして遮った。
「ここにいる皆様は、あなたに骨抜きにされている男性たちの婚約者ですわ。本来なら、今頃はファーストダンスを踊っていたはずなのです。それを……ご自分の立場がおわかり?」
ミレニア様の言葉に同調するように、令嬢たちの視線が突き刺さる。
(そ、そうだ! こんな時こそ、「あざと天然キモオタおばかさん」作戦だ! 宇宙語で煙に巻く!)
「誤解です! わたしは皆さんのことを純粋に推しているだけで、恋愛感情なんて1ミリもありません! むしろ公式カプ(婚約者)からの供給があるなら、間近で拝みたいくらいで──」
限界オタクの論理でATフィールドを構築する。だが、その斜め上すぎる弁明は、誇り高き令嬢たちには完全に逆効果だったらしい。
「なんなのっ!? 恋愛感情すらないのに、あんなに殿方たちを侍らせていたというのっ!?」
「わたくしたちの婚約者を、暇つぶしの玩具だとでも言うつもり!?」
怒りで顔を真っ赤にした令嬢の一人が、俺の頬を打つために右手を高く振り上げる。
その瞬間。
(あっ──)
ブツンッ。
何かが切れた感覚に、俺の顔が歪む。
「あなたっ、いい加減に──っ」
鼻の奥で熱いものが弾ける。ヤバイ、奇跡を乱発しすぎた。
魔力量は十分だった。だが、冷却処理が追い付かなくて、熱暴走──要するに、のぼせて鼻血がでたのだ。
(やばい。こんな大勢の前で鼻血出したら、聖女失格だ……っ!)
俺は咄嗟に、流れ出そうになるそれを、気合でズズッ!と奥へ吸い戻した。
しかし、行き場を失った熱い液体は、喉の奥へと逆流し──。
──ゲフゥッ!!
「……え?」
「きゃぁあああ!?」
振り上げられた令嬢の手が、空中でピタリと止まる。
俺の口からおびただしい量の鮮血が噴き出し、純白のドレスと大理石の床を赤く染め上げた。
「なっ、なんなの!? ユニッ、ちょっと大丈夫!?」
血相を変えたミレニア様が、倒れそうになった俺の肩を咄嗟に支えてくれる。
「す、すみません……」
口の端から血を滴らせたまま、俺は青ざめた顔でへらっと笑った。
「あ、あなた……! まさか、力の使い過ぎで……っ!?」
わなわなと唇を震わせるミレニア様の悲痛な声に、俺は慌ててブンブンと首を振った。
「いっ、いえ……ちょっとオーバーヒートしただけで……っ。休んでればすぐに治りますから! じゃあわたしはこれでっ!」
「ユニッ! お待ちなさいっ!!」
これ以上ボロを出す前に、撤退しよう。逃げるが勝ちだ。俺はミレニア様の腕からすり抜けた。
そして、ミレニア様の制止を振り切り、血まみれのドレスのまますたこらさっさとホールから逃げ出したのだった──。




