『真の聖女』に、俺はなる
翌日。俺は、ルンルン気分でスキップしながら登校していた。
胸元には、昨晩自作した特製ペンダントが揺れている。そこに無骨なワイヤーで束ねられているのは、赤、青、緑……と、ド派手に明滅する5つの石──全攻略対象のクリア報酬 (フルコンプ済)だ。
朝のホームルームが始まる前に、サクッと残り3人周回して「その石、ちょーだい♡」と適当におねだりし、全員分回収してきたのである。
だが、廊下を歩く俺に向けられる周囲の視線は、異様に熱かった。
すれ違う令嬢や令息たち、さらには通りすがりの先生までもがピタリと足を止め、俺の胸元を食い入るように見つめ、ワナワナと肩を震わせているのだ。
「ちょっと、あれ……! どういうことですの!?」
「信じられない……あの石、まさか王家の……っ」
「ランカスター家のものまであるぞ!?」
(おお、めっちゃ見られてる。SSRの超激レア装備で全身固めてるようなもんだしな。よし、ちょっとサービスしてやるか!)
全プレイヤー (学園関係者)からの羨望を一身に集めた俺は、ちょっと気分が良くなり、満面の笑みを浮かべてドヤ顔でくるりとターンを決めてみせた。
「おはようございまーす♡」
「ちょっと、あなたっ! こちらにいらっしゃい!!」
ガシッ!
背後から物凄い力で腕を掴まれ、俺は般若のような顔をしたミレニア様に、そのまま空き教室へと連行された。
◇◇
「あなたっ! いったいどういうつもりですの!? なんなんです、そのふざけた装飾品はっ!?」
ピシャリと扇子を鳴らし、ミレニア様が肩で息をしながら怒鳴りつけてくる。
(えっ、そこまでブチギレるほど……?)
この石は、2周目以降のプレイを効率化するためのご褒美アイテム。クリア済みの攻略対象の好感度の増減を可視化するうえに、バフ効果まである神ツールだ。
ただし、装備枠にセットしないと効果が出ない。昨夜は取り急ぎ下着の中に突っ込んでみたが、さすがに5つも胸元に仕込むのは物理的に無理があるし、毎日持ち歩いていたら落としかねない。
だから、こうして夜なべしてDIYで拡張スロットを作ったのだが……。
「あの……そんなにダサいですかね? わりとサイバーパンクでイケてると思ったんですけど……」
「デザインの話をしているのではございませんわ!!」
ミレニア様はハアハアと息をつくと、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「いいこと? あなたの首にぶら下がっているそれは……永遠の伴侶に渡す『誓いの石』ですわ」
「えっ、永遠の伴侶!?」
そんな大げさな。素っ頓狂な声を上げた俺だったが、ミレニア様の顔は大真面目だった。
「わたくしたち貴族の間では、その石には持ち主の想いを映し出し、生命力を吸収して愛する者へと捧げる力があると言われているのです」
(なるほど。アイテム効果にあった、『好感度可視化』と『魔力+999』ってそういう……)
一人で納得しかけた俺に、ミレニア様は扇子と共に残酷な言葉を突きつける。
「いわば、その石の輝きは、持ち主の魂そのもの──今世のみならず、未来永劫にわたって己のすべてを差し出すという契約の証なのですわ!」
(おっ、重……!!)
ヒュッと息を呑む。途端に、首にぶら下げた5つの石がずしんと重く感じられた。
「それを5つもワイヤーで繋げてジャラジャラと……!全派閥を同時に敵に回すつもりですの!? 背後から刺されても文句は言えませんわよ!」
「い、いや、そんな激重アイテムだとは知らなくて……! 今すぐお返ししてきます!!」
いくら便利でも、魂なんてものを捧げられては困る。暗殺されるのもごめんだ。真っ青になって踵を返そうとする俺に、ミレニア様は呆れ果てた声を出した。
「すでに手遅れですわ。今朝だけで何人に目撃されたと思っていますの? 『王家と4大貴族の次期当主たちが、揃いも揃って平民の娘に忠誠を捧げた』と……今頃、学園中がその噂で持ちきりですわよ」
「そんな……いったいどうすれば……!」
絶望してその場にしゃがみ込んだ俺を見下ろし、ミレニア様はふうっと深いため息をついた。
「……こうしましょう。その石は求愛の証ではなく、『王家からの要請で、聖なる力の補強のために託されたもの』であると。殿下と王妃様には、わたくしから話をつけます。他の令嬢たちにも、わたくしがそう説明して回りますわ」
「で、でも……大丈夫ですか? 俺……わたしを助けるために、そんなウソをつかせてしまって……。ミレニア様のお友達をだますことになっちゃうんじゃ……」
俺が縋るように見上げると、ミレニア様はふっと自嘲するように目を伏せた。
「お友達? そんなもの、わたくしにはおりませんわ」
「えっ」
「わたくしは、ただ……未来の王妃としてこの国の派閥を統率する必要があるだけ。あなたを助けるわけではありませんわ。勘違いしないでちょうだい」
冷たく突き放すような物言いだった。けれど、その横顔はどこか酷く寂しそうに見えた。
「え、えっと。じゃあ……クライヴ王子のことは?」
問いかけてみたものの、ミレニア様は無言のままだ。沈黙に耐えきれず、俺は慌てて言葉を継ぎ足した。
「……ミレニア様、王子のこと、お好きなんですよね?」
「いいえ」
ミレニア様は、一切の感情を交えず、氷のように冷たい声で言い切った。
「──質問は、もうよろしくて? なら、これで失礼しますわ」
そう言って背を向けた彼女は、ドアノブに手をかけたところで、ぽつりと落とすように告げた。
「これに懲りたら、おかしな言動はお控えなさい。少しは『聖女』らしく振る舞うことですわ」
ドレスの裾を翻し、彼女は一度も振り返ることなく足早に去っていった。
◇◇
ミレニア様が立ち去り、しんと静まり返った教室の中。俺は床にへたり込んだまま、彼女の残した言葉をぼんやりと反芻していた。
(……悪役令嬢、か……)
ヒロインの恋路を邪魔したり、嫌がらせをしたりする有力貴族のお嬢様。
プライドが高くて高慢で、でも真面目で責任感の塊で……本当は、誰よりも優しい。
何が「悪役」だ。シナリオの都合で悪役に設定されているだけで、打算的なヒロイン (俺)なんかより、よっぽどいい子じゃないか。
『友達などいない』と答えたミレニア様の顔を思い出し、チクリと胸が痛む。
俺にとって、この世界はバグだらけのゲームと同義だった。
この学園生活も、キャラクターとのやり取りも、どこか現実感がなく、パラメータで動くNPCと何ら変わらないと思っていた。
でも、あの強がりで寂しそうな横顔は、決してただのデータなんかじゃない。
(彼女もこの世界で、必死に生きてるんだよな……)
だが、隠しルート (メリバ)のフラグを考えると、安易に距離を詰めるわけにはいかない。俺が近づけば、システムが強制的に世界を破滅のシナリオへと引きずり込んでしまう危険がある。
だから俺は、彼女に『友達』というステータスを与えてやることはできない。
(俺にできることは、何もない。でも……)
彼女にばれないように、そっと見守るくらいなら。
彼女の立場が悪くならないように立ち回るだけなら、破滅フラグは立たないはずだ。
「……少しは『聖女』らしく、か」
俺は、胸元でビカビカと鬱陶しく光る5つの石をギュッと握りしめ、ほんのささやかな決意を零した。
──そうだ。俺は「聖女」になろう。
せめて、ミレニア様が俺のためにつく『ウソ』が、誰も疑えない『真実』になるように。




