誓いの石【シリウス視点】
「ユニ、俺たちだ。入ってもいい──」
言い終わるより早く、バーンッと勢いよく扉が開いた。
そこに立っていた彼女は、花が綻ぶような満面の笑みでこう言った。
「はぁい♡ お待ちしてましたぁ! アーサーさま、それにシリウスさまっ」
(──なっ)
俺は内心で息を呑んだ。ノックをしたのも、呼びかけたのも俺だ。
なのに、なぜ先にアーサーの名前を呼んだ!?
いや、いかん。こんな些細な順番を気にするなど、騎士を目指す者としてあるまじき心の乱れだ。俺は小さくかぶりを振り、己を律しようとした。
だが、隣に立つ親友は容赦がない。
「ふふっ。どうやらユニちゃんは、俺の方を待っていたみたいだね」
アーサーが俺を挑発するように、意地悪く囁いた。
(くっ……!)
俺は冷静さを装いながらも、半ば意地になるように一歩前に出た。そして、懐から用意していたビロードの小箱を突き出す。
「ユ、ユニ。これは俺からの贈り物だ。受け取ってくれ」
「えっ!?」
「俺のを受け取ってよ、ユニちゃん。さあ、どちらがお気に召したかな?」
アーサーも負けじと、美しい装飾が施された短剣を押し出した。ユニは驚いたように、パチパチと目を瞬いている。
俺は、覚悟を決めるようにグッと息を呑んだ。
(俺とアーサーの生家は、代々血で血を洗う政争を繰り広げてきた宿敵同士だ──)
隣を見やれば、いつも余裕を崩さない親友の瞳にも、かつてないほどの悲壮な決意が宿っていた。彼もまた、これまでのすべてを懸けて彼女の前に立っているのだ。
(本来なら憎み合う運命だった。だが、俺たちは幼き日に家のしがらみを越えて、密かに絆を紡いだ)
(そう。互いの背中を預け、幾多の暗殺者の刃から命を救い合い……。息苦しい貴族社会において互いだけが唯一の理解者であり時には実の親の放った凶刃から互いを庇い血を流し腐敗したこの国をいつか二人で変えようと月夜の誓いを交わした絶対に裏切ることのない魂の半身とも呼べる真の親友として共に今日まで歩んできたのだ──!!)
だが、それも今日までだ。
俺はここで、唯一無二の親友と道を違える覚悟を──己のすべてを捨てる覚悟を決めた。
(血より濃い親友との関係を永遠に絶ってでも、俺はキミが──!)
祈るように向けた眼差しの先。
戸惑うように瞳を揺らした彼女は、やがて真っ直ぐに、俺の手元を見つめ──。
(──どうか。どうか俺を選んでくれ、ユニ……!)
そして、すっと。
俺の方へと、その白く華奢な手が伸ばされた。
(──!!)
その瞬間、俺の胸にどうしようもない優越感と歓喜が沸き上がった。アーサーではなく、俺を選んでくれたのだ。
(勝った……!だが、これで俺たちは──)
彼女を得た喜びと、親友と道を違える喪失感。その狭間で魂を引き裂かれそうになりながら、隣で立ちすくむアーサーに視線を送ろうとした、その時──。
ぱぁぁぁっ……!
あたたかく、眩い光が弾けた。
「っ、なんだっ!?」
見れば、ユニの両手は俺の小箱ではなく──俺の手首をそっと包み込んでいた。
数日前の剣の稽古で負った、自分でも忘れていたほどの微かな擦り傷。そこに、祈るように手が当てられている。光が収まると、その傷は跡形もなく消え去っていた。
「──悪い気が入りかけていました。小さな傷だからって、軽視しちゃダメです」
(…………っ!!)
俺は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
彼女は、俺たちを天秤にかけて品定めなどしていなかったのだ。ただ純粋に、俺の小さな痛みを放っておけなかっただけ。
──それに引き換え、俺はなんだ?
親友を出し抜いて「勝った」などと驕り高ぶり、ちっぽけな優越感に浸るなんて。なんという浅ましい魂だ! 己の醜い独占欲が、ひどく恥ずかしい。
隣を見れば、同じようにアーサーが目を見開き、愕然と立ち尽くしていた。
「……君は、シリウスのこんな小さな傷にまで気づいて……俺は、てっきり君が彼を選んだと思って……」
常に本心を見せようとしない親友の顔にも、己を恥じるような苦渋の色が浮かんでいる。
やはり、彼女は聖女だ。
この至宝は、彼女のような無償の愛を持つ者にこそふさわしい。
アーサーと張り合うためではなく、心からそう思い、改めて小箱を差し出した。
「ユニ、どうか受け取ってくれ」
「俺の短剣もだ、ユニちゃん。君を護るために使ってほしい」
俺に続くように、アーサーも真摯な声音で言葉を重ねる。
だが、二つの至宝を前にしたユニは、困ったように眉尻を下げた。
「えっ……あの……ごめんなさい、受け取れません」
「なぜだ、遠慮しないでくれ。これは持ち主をあらゆる厄災から退ける、国宝級の護りなんだ」
「でも、あの……。お二人の、大事なものですよね?」
なんとか彼女の身を護るために受け取らせようと、俺とアーサーは必死に食い下がった。
だが、そんな俺たちの想像を遥かに超える提案を、ユニは口にしたのだ。
「あの……こうしませんか?」
彼女は二つの贈り物を手に取ると、俺の小箱をアーサーへ、アーサーの短剣を俺の手へと乗せた。
「お二人は親友でしょう? わたしなんかが持っているよりも、お互いの絆の証として持っている方が、よっぽど相応しいです。──それに」
ユニがふわりと微笑み、力を込める。
その瞬間、俺とアーサーの手にあった二つの魔道具が共鳴し、信じられないほどの膨大な魔力を放ち始めた。互いの装備の効力を極限まで高め合う、見たこともない高度な付与魔術だった。
「ふふ、こんなことしかできませんけど……。わたしも、お二人を護りたいんです」
(──あぁ、なんということだ)
俺は息を呑み、隣の親友を見た。言葉を交わすまでもない。アーサーもまた、奇跡の顕現を目の当たりにしたような瞳で、呆然と彼女を凝視していた。
我々が差し出した至宝に目が眩むこともなく、それどころか『親友の絆の証』として互いに交換させるなどと。 己の欲など微塵もなく、ただ、俺たちの──他者の平穏だけを願う無償の愛。
彼女こそ、真の聖女だ。
この想いに、どう報いればいい? いや、俺たちが先ほど差し出したような俗物など、この気高く美しい魂の前ではあまりにも安っぽすぎる。俺たちのすべてを捧げなければ、この無償の愛には報いられない!
気がつけば、俺とアーサーは無言のまま同時に動いていた。
まるで何かに憑かれたように、懐から小袋を取り出すと、祈りを捧げるようにして、彼女の小さな両手へ押し付けていた。
──それは、俺たちが、このアルカディア王国の貴族たる所以。
己の魂を、未来永劫、ただ一人の運命の伴侶にのみ捧げる。その絶対の誓いの証である『誓いの石』だ。
それを受け取ったユニは、信じられないものを見るように目を丸くして固まった。
「……待って、これ……!」
ああ。彼女が驚くのも無理はない。この魔力の純度、彼女ほどの術者であれば──。
「……まさかのクリア後報酬キタ!? いやいやありえない……! コレ2周目以降にアイテム欄に追加されるご褒美アイテムであってシナリオ内でドロップするなんて仕様変更聞いてないやっぱりシステムが致命的にバグってるとしかいやだがこれが手に入った=『個別ルートをクリアした証明』ってことはシステム上二人との固有イベはすべて『既読(消化済み)』扱いになってスキップ可能? てことは逆に安全いやでもフラグの矛盾で最悪世界(鯖)がクラッシュする危険性が……」
静まり返った部屋に、聞いたこともない言語の羅列が響き渡る。
「ユニ?」
「ユニちゃん?」
いきなりのことで混乱させてしまったようだ。俺たちが気遣わしげに声をかけると、ユニはハッとしたように顔を上げた。
「なんでもないですぅ!」
そして、瞬時に花が綻ぶような笑顔を見せ、恥ずかしそうに両手を頬に当てたのだ。
「とぉっても綺麗だから、つい変な声が出ちゃったみたい! きゃっ☆」
「そ、そうか。君に喜んでもらえて俺たちも──」
俺が目を細めて言葉をかけようとした、次の瞬間。
ユニは、己の服の首元を無造作にグイッと下に引っ張ると、あろうことかその国宝級の魔石を、自身の胸元──下着の中へと、ポイッと直接放り込んだのだ。
「……ッ!?」
俺は反射的にバッと顔を背けた。全身の血が沸騰したように熱い。
あまりにも無防備。あまりにも無自覚すぎる。彼女の純真さに、頭の奥で何かが焼き切れる音がした。
すると、隣でアーサーが面白がるように小さく口笛を鳴らした。
「ユニちゃん、大胆だねぇ。ていうか見かけによらず……」
「ア、アーサー! お前……ッ! まさか、見たのかッ!?」
俺が血相を変えて親友に詰め寄ろうとした、その時。
「うふふ、お二人ともありがとうございます。一生の宝物にしますね♡ じゃっ☆」
──バタンッ!!
言い争う俺たちの声を容赦なく遮るように、無情な音を立てて勢いよく扉が閉ざされた。
あとには、顔を限界まで真っ赤にして両手で顔を覆う俺と、ニヤニヤと笑いながら肩をすくめるアーサーだけが、静かな廊下に取り残されていた──。
「……あーあ、はぐらかされちゃった。天然? あるいは、計算……かな」
ポツリと呟かれた声に、俺は熱を持った顔から手を離し、隣を向く。
俺の視線に気づくと、アーサーは手元の小箱をくるりと弄びながら、ふっと小さく息をついた。
「でもまぁ、どちらにしたって……。あんなに無防備な姿を振りまいてたら、すぐに悪いオオカミに喰われてしまうよ」
いつもの口調で軽口を叩く。だが、閉ざされた扉を見つめるアーサーの横顔は、常になく真剣だった。
「だから俺たちが……しっかり番犬をしてやらないとな。『親友』」
細められた彼の瞳には、いつもの飄々とした光はない。そこにあったのは、己のすべてを懸けてでもあの少女を守り抜くという、暗く、だがひどく純粋で強固な決意の炎だった。
(ああ……お前も、同じなんだな)
唯一無二の親友と道を違える覚悟までした俺だったが、どうやらその必要はないらしい。
俺は顔の熱を振り払うように一つ深呼吸をし、隣に立つ親友と力強く視線を交わした。
「ああ。そうだな、アーサー。争う必要などない。二人で……俺たちの命に代えても、彼女を守り抜こう」
固く閉ざされた扉の向こうにいる愛しい人へ向け、俺は親友と共に、生涯変わらぬ忠誠を静かに誓ったのだった。




