エンディング突入!? 起死回生の限界オタクムーブ
網膜を焼くような白光が晴れると、視界を覆っていたおびただしい量の瘴気はきれいさっぱりと消え去っていた。とっさの思い付きだったが、イチかバチかのロールバック処理が功を奏したらしい。
ぎゅっと握りしめていた五つの『誓いの石』は完全に輝きを失い、ただのくすんだ石ころに成り果てている。それどころか、俺自身の魔力すら一滴残らず吸い尽くされていた。
(……っ、あっぶねぇ。マジでギリギリだった……)
あとほんの少しでも充電(魔力)が足りなかったら、俺の魂ごとシステムに持っていかれていたかもしれない。
一歩間違えれば完全なゲームオーバーだった。ドッと押し寄せてきた疲労感に、俺は荒い息を吐きながら、へたり込みそうになる膝を必死に堪えた。
周囲は、しんと静まり返っている。やがて「……奇跡だ!」という静かな波紋とザワメキが広がり始め、俺の背中にたらりと冷たい汗が伝った。
(や、やばい。目立ちすぎた……! 最終イベクリアって、これ……王子END確定のフラグ踏み抜いたんじゃ!?)
そんな俺の思考に被せるように、どこかから謎のBGMまで響きだす。
──パララララララ〜ン、ジャァァァァァン……!!♪
(ま、まずい! この無駄に壮大なストリングス……! トゥルーエンド突入時に流れる専用BGMだ!!)
えっ、嘘だろ!? もしかしてこのままエンディング!?
群衆のど真ん中で愛を囁かれて公開プロポーズされちゃう系!?
(勘弁してくれ、俺の中身はれっきとした男なんだぞ!! )
迫りくる特大の乙女ゲー展開に肌が泡立つ。肩を震わせた俺の耳に、切羽詰まったクライヴ王子の声が飛び込んできた。
「誤解だ、ミレニア! 俺の婚約者は……俺が愛しているのは、キミだけだ!!」
「……ん?」
視線を向けると、王子が必死な形相でミレニア様に縋りついているところだった。
(あっ、あれは……!? なーんだ。王子の矢印、俺じゃなくてミレニア様に向いてるじゃん!!)
俺が心底安心して胸を撫で下ろした、その時。ふいに顔をあげたミレニア様と視線があった。彼女はスッと王子の手をかわすと、そのままこちらへ歩み寄ってくる。
「──ユニ」
「え……。あ、と……ミレニア様……?」
俺は少し、戸惑った。
いつもツンと上を向いて澄ましているミレニア様。
高飛車でプライドが高くて、顔を合わせれば小言ばかり言ってくる悪役令嬢。
それが今はどうだろう。ひどく静かで覇気のない瞳をしていた。誇りも、怒りも、すべての感情を抜け落としてしまったかのように。
(……そんな目で見られると……なんだか、調子が狂う)
いつものように扇子をピシャリと鳴らして、『身の程をお知りなさい!』と厳しく叱られている方がよっぽど安心する。なんだかんだ言って、俺はあの気高く毅然としたミレニア様の姿が、けっこう好きなのだ。
想定外のイベント進行にドギマギしていると、真っ直ぐに俺の目を見据え、彼女はぽつりと口を開いた。
「……わたくし、あなたを見くびっていたようですわ」
「えっ?」
「あなたの、その自己犠牲……聖なる奇跡の力。認めますわ。あなたこそが、このアルカディア王国を救う『真なる聖女』であると」
「へっ!? いや、わ、わたしそんな大したもんじゃ……!?」
(悪役令嬢がヒロインを認める展開!? やばい、これってメリバルートのフラグじゃ──!)
俺がパニックを起こして顔を引きつらせていると、ミレニア様はさらにとんでもない言葉を紡いだ。
「──どうか。クライヴ王子殿下と共に、この国を導いてちょうだい」
(ひぃっ!? 今度は王子ルートにパス出された!?)
『メリバルート』と『王子ルート』。二つの凶悪な破滅フラグが同時に発火しようとしている。このままではヤバい! どっちに転んでもバッドエンド直行だ!!
絶望で頭を抱えかけた俺の視界の隅で、ミレニア様の隣へとクライヴ王子が寄り添うように並び立った。絵に描いたような美男美女。その背景は、キラキラと虹色に輝いているようだ。あたかも──SSRのお宝スチルのように。
(──これだ!!)
俺は姿勢を正すと、胸の前で両手をギュッと握り合わせ、充血させる勢いで目をカッと見開いた。そして、渾身の──空気を一切読まない裏声を張り上げる。
「ああっ……! なんて……なんて尊いっ……!!」
「えっ?」
目を丸くする二人に構わず、俺は両手の指で四角いフレームを作った。そして、二人に向かって激しくスクショ連写(概念)する。
「ステキですぅ……! 最高!! 顔がイイッ!!!」
そう。これは俺の最終奥義──。
起死回生の、『あざと天然キモオタおばかさん』作戦である!!
「圧倒的顔面偏差値……! お二人が並んでいるお姿、まさに眼福! SSRスチル確定!! 画面の作画コストが高すぎて鯖落ち (卒倒)しそうですぅ!」
「ゆっ、ユニ……?」
「ユニ!? いいえ、わたしなんてただのモブ! もはや壁の染み! 公式カプの間に挟まるなんて万死に値する愚行! ずっとその辺の草と同化して、お二人の尊いオーラで光合成するのがわたしの幸せなんですぅぅぅ!! デュフッ、デュフフフフッ!!フォカヌポウwww!!!」
俺はトドメとばかりに、ヒロインにあるまじき奇声をあげながら地面に倒れ込むと、ゴロゴロと身もだえ転がり、二人に向かい五体投地の拝みポーズをとって静止してみせた。
シ―――ン。
周囲に痛いほどの沈黙が訪れる。先ほどまで、感涙にむせびながら奇跡を讃えていた群衆のザワメキすらも一瞬で消し飛び、完全にドン引きした空気がビシバシ伝わってくる。
「……」
ミレニア様の顔から、先ほどまでの悲壮感や決意がスウッと引いていき……やがて、その額にピキッと青筋が浮かんだ。
「ユニィィイ……ッ!!あ……あんたって子はぁ……っ!!」
ピシャリ! と扇子を鳴らし、ミレニア様がワナワナと肩を震わせながら怒声を浴びせる。
「訂正しますわ! 認めません! この限界オタクが『真の聖女』だなんて……わたくし、絶対に認めませんわよっ!!」
「へへっ、もちろんです! わたしはただの壁ですからぁ♡」
(──ああ、良かった。いつもの調子に戻った)
悲壮感を漂わせたさっきの顔より、ずっといい。
ミレニア様は、やっぱりこうでなきゃ。
彼女の怒った顔を見て心底ホッとした瞬間──限界を超えていた俺の脳が、ついに活動限界を告げた。
「ぐふっ」
「ユ、ユニィィィィッ!?」
俺は笑顔のまま盛大に血を吐き、クライヴ王子の悲鳴をBGMに、心地よい闇の中へと意識を手放したのだった。




