救済と求愛【クライヴ目線】
『──Target.All; State.Rollback(); Execute!!』
ユニが不思議な呪文を唱えた瞬間、ぱぁあっと温かい光が周囲を包み込んだ。
「っ!?」
「おおっ…! あれを!」
「なんて神々しい……」
ざわめく民衆や騎士たちの声の中、俺はただその光景に目を奪われていた。
村を呑み込んでいたおびただしい量の瘴気が、空中に浮かび上がった光の文字列によって、嘘のように掻き消えていく。
どんよりと澱んでいた空がみるみるうちに割れ、そこから眩いほどの陽光が射し込み始めていた。
王都の魔術師団が総力を結集しても太刀打ちできないであろう災厄。それを、彼女は今、たった一人で圧倒しているのだ。
「……あの子は……いったい、なんなんですの……?」
泥に汚れたドレスのまま地面にへたり込んだミレニアが、震える声で呟いた。
それは、国に殉じる覚悟を決めた気丈な次期王妃などではなく……人知を超えた奇跡を前に圧倒される、等身大の少女の姿だった。
「──聖女だ」
無意識のうちに、声が震えていた。
「……そんな……でも……。わたくしは……」
呆然と呟く彼女の横顔に、俺の胸の奥から、どうしようもないほどの歓喜が込み上げてくる。
(そうだ、ミレニア。俺たちは王族であり、貴族であり──そして、抗いようのない運命の前に立つ、ただの非力な人間なんだ……!)
あの日。俺たちが揃って国王である父に呼び出され、告げられた残酷な真実。
本来であれば、俺は学園を卒業後、ミレニアを正妃として迎え、王位を継ぐことが決まっていた。
優秀で気高い彼女と共に、この国をより良く導いていく。そんな希望に満ちた未来を、俺は微塵も疑っていなかった。
その前提が根底から覆されたのは、ちょうど三ヶ月前のことだった。
この世界は、静かに崩壊へと向かっているという真実。
世界の歪みが限界を迎えるその時、圧倒的な魔力を持つグランツ家の人間──俺の婚約者であるミレニアを『人柱』として祭壇に捧げ、世界を平定させなければならないという非情な宿命。
『次期国王として、愛する者を己の手で捧げる覚悟を持て』
そう告げられた時の絶望を、どう言葉にすればよいのだろう。
ミレニアは青ざめながらも、気高くその運命を受け入れた。だが、俺は違った。
──『宿命』。そんなあやふやな言葉で、彼女の未来を……命を奪わなければならない。刻一刻と破滅の足音が近づく中、己の無力さを呪いながら、暗闇でもがき苦しんでいた。
そして、そんな時に──彼女 (ユニ)に出会ったのだ。
学園の片隅で、運命の重圧に押し潰されそうになっていた俺に、彼女はあっけらかんと言い放った。
『大丈夫です! そんな展開、絶対ありえませんから!』
『……え?』
『だって、それって王子ルートってことでしょ? ないない、壁ドンも人柱ウツ展開もマジ勘弁(笑)! 私が目指しているのはノーマル(日常)ですから! だから心配いらないですよ♡』
『なっ……!? なぜ、それを……! これは王家の秘匿情報で……!』
『あっ……。ええっとぉ、天啓? みたいな? ……てへっ★』
──天啓。
俺にとって、それは文字通りの『神の導き』だった。
彼女は『誰も犠牲にならない未来』を、いとも簡単に約束してくれた。それに俺の心はどれほど救われたことか。
ただの逃避だったのかもしれない。だが、彼女の規格外の力を目の当たりにするにつれ、藁にもすがる思いだった希望は、いつしか揺るぎない確信へと変わっていった。
そうだ。彼女なら、俺たちを縛る運命だって覆せるに違いない。
ミレニアを『犠牲』にする必要なんかない。あの暗闇のような恐怖から、ついに解放されるのだ。
俺は興奮のあまり、愛しい婚約者に向かって身を乗り出した。
「彼女は、世界を……俺たちを救う唯一の存在なんだ! ミレニア、キミもそう思うだろう!?」
声高らかに宣言する俺の言葉を、ミレニアは揺れる瞳で聞いていた。
光の中心に立つユニの後ろ姿を見つめ、やがて、ゆっくりと俺に視線を移す。
「……そう……かも、しれませんわ……」
「ああ。だから、俺は何としてでも彼女を護りぬく。この命に代えてもだ。それが俺の……王家の使命なんだ!」
聖女によって、この国は救済される。すべてが解決すれば、俺は……本当の意味で、ミレニア、キミの隣に立てる。
民を護り、犠牲を強いるためではなく……。ただ一人の男として、愛する女性と生涯を共にしたいと願えるんだ。
俺は、安堵と期待に胸を膨らませて手を差し出した。
「ミレニア。キミにも手伝って欲しい。傍でずっと、俺とユニを……この国を支えてくれないか」
共にこの国の未来を築いていきたい。他でもない、キミと二人で。言葉の裏に込めた想いに、彼女がいつものように微笑んでくれるものだと信じていた。
「……」
少しの沈黙。
やがて彼女の唇から、ふっと、息を吐くような声が零れた。
「仕方がありませんわね」
「ミレニア!」
俺は顔を綻ばせ、喜びを分かち合おうと彼女の細い肩を抱き寄せようとした。
だが──俺の手は、空しく宙を切った。
見れば、立ち上がった彼女はすっと3歩下がり、俺との間に明確な『距離』をとっていた。
その顔には、先ほどまでの動揺も、幼馴染としての親愛の情も、何もない。
「かしこまりました。クライヴ王子殿下」
それは、臣下が主君に向ける、この上なく完璧で、絶対的な拒絶の礼。
「すべて、貴方様の御心のままに。──わたくしは、お二人に永遠の忠誠を誓いますわ」
(……あれ?)
予想もしなかった冷ややかな声に、俺は差し出した手の行き場を失ったまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。




