休日出勤(エンドコンテンツ)は突然に。
昨日の夜会での『鼻血大逆流事件』から一夜明け。
俺は自室のふかふかのベッドの上で、ごろごろと休日を満喫していた。
クライヴ王子が昨夜見舞いにと持ってきた差し入れ──謎の激ウマ肉串の残りをモグモグと味わいながら、だらけきった思考を巡らせる。
(やべー、この肉串マジ旨っ。A5和牛ってこんな感じ? 食ったことないけど。……あーあ、もうラスイチじゃん)
ゴロリと寝返りを打つと、視界の隅で五つの『誓いの石』がチカチカと瞬いた。イケメンズの魂と結びついているとか言う曰くつきの代物だ。俺はふと思いつき、その石をガシッと鷲掴みにした。
(『血ぃ吐きすぎてフラフラですぅ★ 新鮮なお肉が食べたぁい♡』とか念じたら、この石を介して伝わるかもしれない。よし、物は試しだ。うーんうーん、『配達よろぴくぅ★』……なーんちゃって)
アホらしい。そんな便利なデリバリー機能があるわけないだろう。
秒で飽きた俺は、ぽいっと石を手放そうとした。まさにその時だった。
ダァァァンッ!!
「ユニ! いるかっ!?」
「きゃっ☆ クライヴ王子っ!」
突如として扉が乱暴に開け放たれ、俺はコンマ一秒で特上の営業スマイルを顔面に貼り付けた。
そこに立っていたのは、銀色の甲冑を身に纏い、腰に長剣まで佩帯したフル装備のクライヴ王子だった。
(えっ、なにその重装備。まさか俺の願い受信した!? そんで今から部下引き連れて新鮮な肉を狩りに行ってくれるの!? さすが王族、思考がエグいなー。笑)
呑気に構えていた俺に対し、王子は切羽詰まった顔で叫んだ。
「聞いてくれ! 王都近郊の村周辺に、大規模な瘴気が発生した! ユニ、君の『祈り』の力で村を浄化してくれ!!」
「……はい?」
その言葉に、俺の脳は完全にフリーズした。
(えっ? 今日って休日だよね? 俺、昨夜血ィ吐いたばっかだし。王子も、ゆっくり休めって言ってなかった!?)
「さあ、急ぐぞユニ!」
「ちょっ、まっ……! せめてこれ食い終わってから……っ!」
抗議する間もなく。
俺は王子に肉串を持った手をガシッと掴まれ、休日のふかふかベッドから、緊急案件対応へと強制連行される羽目になったのだった──。
◇◇
「……というわけで、急いで馬車を飛ばしてきたんだ」
ガタガタと激しく揺れる馬車の中で、クライヴ王子が深刻ぶった顔で腕を組む。
対する俺は、最後の肉片をモグモグしながら冷や汗を流していた。
「あ、あのぅ、クライヴ王子……? そういう緊急事態なら、王宮の魔術師団を派遣したほうが……」
「魔術師団を動かせば、手続きなどで金も時間もかかってしまうからな! その点、君の祈りなら一瞬だろう? ユニの力で解決できれば、民も国庫も大助かりだ!」
(なんつー無茶ぶり……!外注費をケチって、手近な社員に丸投げするクソ上司の発想だ……!)
ここで安請け合いしたら最後、『これもできるよね?』と業務範囲外のタスクまで無限に追加されていく。『フルスタック』なんて聞こえはいいが、要するにただの『都合のいい便利屋』でしかない。一生こき使われてしまう……!
前世のブラックなトラウマがフラッシュバックし、俺はブルッと戦慄した。
そんな俺の様子を『可憐な美少女が怯えている』とでも勘違いしたのか、王子はキラキラエフェクトを大放出しながら優しく微笑んだ。
「大丈夫だ、ユニ。この俺が付いている! 村を救えば、キミの聖女としての名声は確固たるものになるんだ。そうだ、成功したら毎日君に肉串を──」
「到着いたしました!!」
御者の声と同時に急ブレーキがかかり、馬車が荒々しく停止した。
王子に押されるようにして馬車を降りた俺は──次の瞬間、自分の目を疑った。
のどかなはずの農村が、すっぽりとどす黒いモヤに覆い尽くされていたからだ。
(……嘘だろ……? この『瘴気』のエフェクトは……っ!)
視界を覆うその『瘴気』は、ひとつひとつが極小のパーティクルで構成されており、ランダムな運動ベクトルで空中を不規則に浮遊していた。そして他のオブジェクトに接触した瞬間、テクスチャとポリゴンの結合を強制的に変質させ、まるで腐敗するようにドロドロに崩壊させていく。
(……っ! マジかよ、これ……!)
間違いようがない。かつて自分が頭を悩ませながら実装した、ゲーム終盤の大規模災害イベント──エンドコンテンツ用ギミックそのものだった。
放っておけば、このエリアどころか国そのもののが、丸ごと消え去りかねない。
(元に戻すには……。何百万ものパーティクルを削除して、崩れた頂点座標を再設定しなおして、テクスチャも全部貼り直す……?)
その気が遠くなるような作業を、俺が一人で全部? 無理だ。エリア一帯、整地 (リセット)して作り直した方がまだ早いだろう。
魔力は──フルチャージされた誓いの石がある。
だが、魔力がどれだけあったところで、行使する俺の身体が持たない。それは昨夜の一件で証明済みだった。
「ユニ、頼む! 君だけが頼りなんだ!」
「いやいやいや! 無理ですって! さすがにキャパオーバー──」
俺が全力で拒否しようとした、まさにその時。
「──お待ちください!!」
背後から、聞き慣れた凛とした声が響いた。
振り返ると、ドレスの裾を土で汚すことも厭わず、息を切らして駆けつけてきたミレニア様の姿があった。その後ろには、揃いのローブを纏った集団が控えている。
(ミレニア様……? なんだ、この展開……)
今、どのルートにいる?
この後は……どうなるんだっけ?
──だめだ、思い出せない。
俺は開発担当だ。システム (世界)の挙動はともかく、シナリオライターが書いたイベントの細部までは把握していない。
「ミレニア! 一体どこに行っていたんだ。それに、彼らは……?」
「王宮の魔術師団の皆様ですわ。殿下が飛び出された後、急ぎ国王陛下に事の次第をご報告し、緊急の裁可を仰いで……結界修復のための正式な派遣要請を取り付けてまいりました」
「なるほど、父上の裁可を。さすがはミレニアだな、見事な手際だ」
王子の言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
そうだ、こういう非常事態は専門家に任せるに限る。大火事の現場に素人が特攻するなんて、ただの自殺行為だ。
だが、安堵したのも束の間──同時に胸の奥で、じりりと嫌な警鐘が鳴った。
(……いや、待て。これはゲーム終盤の『大規模災害イベント』だぞ? いくら王宮の魔術師団とはいえ、ゲーム上はモブだ。こんな山場でどうこうできるはずが……)
俺の内心の焦燥を余所に、クライヴ王子は軽やかにあっけらかんと言い放つ。
「だが不要だ!」
「……なんですって?」
「わざわざ彼らの手を煩わせるまでもない。ここにはユニがいる。ユニの祈り一つあれば、こんな瘴気など一瞬で──」
「──いい加減になさい!!」
ミレニア様の鋭い一喝に、俺は弾かれたように顔をあげた。
「まだお分かりになりませんの!? 私たちは、この国の王族であり貴族ではございませんか!」
誇り高く言い放ち、彼女は毅然と王子の前に進み出る。震える俺の小さな体を、その背後へと隠すようにして。
「民の苦難は、私たちこそが引き受け解決すべきもの。一人の平民の少女にすべてを丸投げして搾取するなど、あってはならぬことですわ!!」
シンと、場が静まり返る。
俺は、ミレニア様の細くも頼もしい背中に庇われながら──俯いて、必死に涙をこらえていた。
なんだろう、こう……。
不覚にも、視界がじんわりと滲んでしまったのだ。
(……だって、俺は)
前世からずっと、理不尽に仕事を押し付けられ、搾取されるのが当たり前だったんだ。
上司も先輩も、誰も助けてなんかくれなくて。
いつしか文句を言う気力すらなくなって、何もかも諦めていた。
こんな風に、真っ向から盾になって『守ってくれた』人なんて、これまで誰一人としていなかったから。
だから──。
(でも、女の子の背中に隠れるとか……。男としてどう……いや、いいか。今は俺も『女の子』だ……)
ズビッと情けない音を立てて、鼻を啜り上げた、その瞬間。
──ガランっ! メキメキメキッ……!
腐敗して崩れる音。視界の端で、民家のオブジェクト(3Dモデル)がドロドロに溶け落ちる。
さらに瘴気がひろがり、ひいっと逃げ惑う民衆の悲鳴が響き渡った。
「殿下は、下がって見ていらして。──皆さま。はじめますわよ」
俺が感傷に浸っている間に、ミレニア様が魔術師団の先頭に立ち、杖を構えていた。
その身体が、ぼうっと魔力の光に包まれ始める。
「ミレニア! なにを──危険だ、戻って来い!」
「わたくしとて、幼少より魔術訓練は受けております。国の礎たるグランツ家の人間として、国家に殉ずる覚悟は──」
(ダメだ! それ、どう考えても死亡フラグ!!)
こんなに気高く真っ直ぐな彼女を。前世から今世まで含めて、初めて俺を『守ってくれた』恩人を。
こんなクソみたいなイベントの犠牲になんて、絶対にさせない。
「いきま──!?」
「『──Target.All; State.Rollback(); Execute!!』」
──対象:全域、状態をロールバック(巻き戻し)。実行!
俺はミレニア様の前に滑り込み、今度は俺が彼女を背後へとかばいながら。
胸元のペンダント(外部バッテリー)を鷲掴みにし、ありったけの魔力を込めて叫んだ。
直後、世界を塗り潰すほどの白光が、すべてを飲み込んだ。




