好かれる、すなわち嫌われる
その後の俺は、何かと忙しい日々を過ごした。
毎日、面識のない貴族への挨拶回りをただ繰り返し続ける。
やはり、貴族も貴族で大変なのだなと実感してしまう。
最終的に俺は一度も新たな自分の家に帰らぬまま、入学式の日になった。
ララに見送られながら宿を出た俺は、入学式の会場までの道のりを歩いて行く。
「フラッシュである事にも、だいぶ慣れて来たな」
俺がフラッシュになってからかれこれ二週間近くが経過し、少し前まではあった肉体の違和感も、ほとんど消え失せた。
それだけじゃなく、フラッシュの人間性や他者との関わり方もかなり分かって来て、まだ完璧ではないものの、違和感を持たれる頻度は減ってきたと思う。
「とはいえ、いつまでもフラッシュでいる訳にもいかんのだが……」
フラッシュとして人生を歩んだうえで、色々と分かった事がある。
まず、フラッシュの家系であるボナパルト家は、下級貴族であるという事。
どうやら貴族にも上級貴族と下級貴族がいるらしく、下級貴族では王族との謁見はできないらしい。
そしてもう一つは、魔法学院は国内にいくつもあるという事。
俺が入学を果たしたのは第五魔法学院で、一番序列の低い学院だ。
第一魔法学院が一番格式の高い学院であり、上級貴族の跡取りや王族たちが通う学院となっている。
つまりフラッシュでは、王子に殺され、体を奪い取るにはまだ役不足だという事だ。
「せめて、俺の魔法がもう少し利便性が良かったらな」
俺が王子を襲撃するなどして無理やり殺されようとしないのには理由がある。
それは、ギロチンや吊るし首などの、誰が殺したのかが曖昧な手法で殺された場合、普通に死んでしまうという弱点が俺の魔法にはあるからだ。
つまり、変に王子に襲撃を仕掛けて、王子に殺されず護衛に囚われ、そのまま処刑されたらゲームオーバーという事。
だから俺は、フラッシュの体から、第一魔法学院に通えるほどの上級貴族へ体を移し替え、その後で王子と近しい人間にまた体を移し替え、それで王子に殺されるよう戦いを仕掛ける必要がある。
踏む手順は多い。だが、間違いなく一番簡単かつ確実な手順だ。
「どうにかしないとな……」
俺がそんなことを考えながら歩いていると、やがて入学式会場に付き、俺は自身の椅子に座った。
――――つまり俺が今やるべきことは、第五魔法学院の中にいる上級貴族を探し出し、そいつに殺される事。
とはいえ、おそらくだが、一番格式の低い第五魔法学院に上級貴族はそうそういないのだろうし、そう簡単な事ではないのだろうが――――。
そうこう考えている内に学長の長話が終わり、生徒会長からの祝辞が始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
入学式が終わり、放課後になった。
俺は一人、学校の中庭にある噴水のふちに座りながら、今後の展望を考えていた。
「どうするか……」
どうして上級貴族の中でもさらに上澄みであるライト家の人間が、わざわざこんな学院に居るのかは分からないが、幸運な事が起きたのは間違いない。
だが、思いがけない幸運が訪れたのは良いものの、だからと言って速攻で生徒会長に襲撃を仕掛けるのもリスクがある。
俺はここ数日、生徒会長のエデン・ライトさんを観察していたのだが、彼は常に護衛と思われる学生を二人以上は連れていた。
無理に仕掛けて、その護衛に囚われて牢屋にでもぶち込まれたら元も子もない。
だから今は焦って仕掛けずに、生徒会に入るなどして、しっかりとライト会長との関係性を築いて、信頼を得るところから始めるべきだろう。
「よしっ」
俺の中で色々と整理がつき、今日はひとまず帰路に就こうと立ち上がると、不意に金属と石がこすれるような、不快な音が響いた。
そしてその後すぐに、全身に悪寒が走る程の強烈な殺気が駆け巡る。
「なっ」
次の瞬間、噴水の水がはじけ飛んだ。
砲弾のような速度で、人の体が俺に突っ込んで来る。
そいつは、持っていた両手鎌を勢いのまま俺に振った。
「カ、カエ――――」
俺はとっさに霧になって、どうにかこうにかその攻撃をやり過ごす。
「――――誰だ、お前は」
俺を殺そうと、今目の前に立ちはだかっているのは、間違いなくカエデだ。
だが、そいつは……俺の幼馴染では決してない。
ただの、知らない人間なのだ。
「あんたが殺した人間を、愛した女――――」
カエデは決して長くは語らない。
一言でも俺と会話をしたくないからなのだろう。
表情と声色が、怒りや恨みをこれでもかという程表している。
「かたき討ちって訳か」
俺がそう問うと、カエデは何も言わずに再び俺との距離を猛スピードで詰めて来た。
「容赦なしだな」
カエデの猛攻を、俺は避ける。
この速度、怒りによって力のリミッターが外れているのは間違いない。
「そんなに俺の事が憎いのか?」
「――――当たり前でしょ」
カエデは歯を固く噛みしめる。
可愛らしい顔が殺意に染まりきっている。
「そうか」
俺がそう言うと、カエデは鎌を持っていない方の手で手刀を放ってきた。
俺は少し大げさに後方へ大きく退いた。
「どうして分かったの」
「急に、鎌を使った攻撃を止めて手刀を放ってきたら、そりゃ警戒するだろ」
カエデの魔法は、自身の周辺に透明な障壁を展開するというもの。
先ほどの手刀にはおそらくその障壁が張り巡らされており、俺が最低限の動きでかわそうとしていた場合、その障壁にぶち当たっていたことだろう。
そして予想外の衝撃に惑わされている内に俺の事をぶった切る。カエデの中ではそういう計算だったのだ。
「――――まあいい。私はアンタが死ぬまで、何度も切り続けるから」
「……そうか」
その後もカエデは、殺気を溢れさせながら何度も俺を切ろうと、俺に突撃しては鎌を振り続けた。
俺はそれを、防ごうともやり返そうともせずに、ただ避け続けた。
俺はカエデの動きを熟知している。だから、霧化の魔法を上手く使いつつならば、避け続ける事はそう難しくないのだ。
どれだけの時間が経過しても、俺は決して、逃げようとも助けを呼ぼうともしない。
何も言わず、表情も変えず、ただひたすらに避け続けた。
何時間もの時が経過しようとも、俺は避け続けた。
「――――どうして」
やがて流石に疲れが見え始めたカエデは、肩を上下させながらその場に立ち止まった。
「どうして逃げないの…………どうして戦わないの…………」
依然としてメラメラと燃える殺意を宿した瞳を俺に向け、カエデは問う。
「さあ、どうしてだろうな」
俺がそう言うのと同時に、カエデは再び俺に切りかかってきた。
そしてそれも俺は避ける。
その後も同じ流れが続いた。
何度も、何時間も。
日が傾いて来て、空が橙色に染まり始めても、その攻防は終わらない。
ただひたすらに同じ光景が流れていく。
当事者の俺やカエデですら、気が狂ってしまいそうになる程、同じシーンが繰り返されていく。
そして、空が黒く染まり始めた頃、常に怒りによって限界を超えた身体能力を発揮していたカエデは、流石に体に限界が来たのか、鎌を落とし、その場に膝をついた。
「クソッ――――クソッ――――」
涙を流し、歯を強く噛みしめて何度も立ち上がろうとするが、足が言う事を聞かない様子だ。
「今日はここまでだな」
俺はカエデに背中を見せ、その場を去ろうとする。
「待てッ」
ただ、そんな俺をカエデは呼び止めた。
呼び止められた俺は、振り返ることはせずにその場に足を止める。
「絶対に――――絶対にいつか…………殺シテヤル」
殺気に満ち溢れた、とんでもないほど迫力がこもった言葉だった。
ただ、俺はその言葉をしっかりと受け止め、その上で言葉を返す。
「ああ、いいぜ。俺はお前の気が済むまで、付き合ってやる」
俺はそう言って、カエデの方へ振り返る。
「――――ただ、お前じゃ俺を殺せない」
俺も、ありったけの殺意を込めて、カエデを見下した。
そして落ちている鎌を拾い、カエデの首元に刃先を付きつけた。
それを受けてカエデは、体をビクッと震わせ、呆然としながらただ俺を見上げた。
「悪いが、俺とお前じゃ格が違いすぎる」
――――正直な所、この言葉はハッタリだ。現状での純粋な強さでは俺とカエデの間に大差は無い。
ただ、俺はカエデの癖や戦い方を熟知している。
手をどのように振ったら、どのような軌道で剣筋が来るのか、完全に予測できる。
対して、カエデは俺を知らない。
俺がどのような動きで、どれほどの攻撃ならば避けられないのか、何も知らない。
だから、何度やっても俺がカエデに殺されることは絶対に無い。
もし、カエデがフラッシュの中身が俺だと気付くことが出来たのなら、その時は互角以上に俺と渡り合えるのだろうが…………。
「じゃあな」
俺は最後にそう言い残して、今度こその場から去った。
歩き去って行く際、カエデの方を振り返ることはあえてしなかった。




