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夢も思いも犠牲にして

サクラの頭をフラッシュは鷲掴みにして、小ばかにするような目で、死にゆくサクラを眺める。

「俺の勝ちだ」

 頭を乱雑に置く。

 敗者に敬意を持つことなどする訳がない。

 この世は弱肉強食。弱者を殺すことはごく自然の事であり、後ろめたさを抱く必要性などないのだ。

「――――こっちこそ、多分お前の事、明日にはもう忘れてると思うぜ」

フラッシュは――――いや、俺は死体を見下ろし、そう吐き捨てた。

 この試合、勝者はフラッシュでありフラッシュじゃない。

 敗者も、俺であり俺じゃない。

一体何が起こったのか。

 たったさっき、フラッシュは確かに俺を殺した。

 ただし、それは同時に、俺がフラッシュを殺したという事でもある。

 なぜなら、それこそが俺が隠し持っていた、俺の魔法だから。

 俺の固有魔法は、平たく言えば体の強奪。自分を殺した人間と体を入れ替え、肉体を奪う事が出来る魔法だ。

 つまり、死にゆくサクラの体には今、フラッシュの意思が入っていて、このフラッシュの肉体には俺の意思が入っているという事。

 俺はこの日この瞬間より、スラム街のサクラから、貴族のフラッシュになった。

 俺は確かにこいつに殺された。だがこの勝負の勝者は、紛れも無くこの俺だ。

「あばよ」

 俺は特に一瞥すらせずに、その場を後にしようと歩き始める。

 ――――ただそんな俺の横を、一人の少女が通り過ぎた。

「サ、サクラッ」

 その少女とは、俺にとって大切な人である、カエデだ。

「どうして……どうしてよッ」

 試合を終えて来たのであろうカエデはサクラの死体を抱き寄せ、泣き喚く。

 周りの視線など気にすることすらせずに、みっともなく、荒々しく。

 世界の裏側まで聞こえてしまいそうな程、大きく泣いている。

 カエデはやがて、サクラの死体から目を離し、そして俺に目を向けた。

 その目は、執念の炎が燃えていて、大切な思い人の仇を見るような目だった。

 いや違う、正真正銘、思い人の仇を見る目を、カエデは俺に向けて来た。

 この瞬間、俺はカエデにとって、大切な思い人の仇になったのだ。

「ゼッタイ――――殺してやるッ――――」

 歯を固く噛みしめ、目にこの上ないほどの殺意を込めながら、カエデは言葉を放つ。

 俺はそんなカエデに声を掛けはしなかった。いや、掛けられなかった。

 今の俺に、カエデを励ます資格などない。

 なぜなら、俺はカエデの夢を裏切ったのだから。

 カエデの夢を犠牲にしたのだから。

「ごめん……」

 だから俺は、決してカエデには届かぬほどの小さな声で、そう謝る。

 ただ、そんな自己満足でしかない謝罪の言葉で、カエデの怒りの炎は決して消えない。

 俺は今後、向き合わなくてはならないのだ。

 カエデの復讐心を、この上ない程の恨みを、受け止めなくてはならないのだ。

 ――――でも、それでも良い。

 この選択をしたことに、後悔は無い。

 なぜなら、俺には例えカエデの夢を犠牲にしてでも、叶えたい夢があってしまうから。

 スラム街の住民では決して叶わなかった夢…………。

だが、貴族になった今なら、叶うかもしれない。

 いいや、この先何度も体を入れ替え続ければ、いつかは絶対にたどり着く。

 本当の夢へ、必ず手が届く。

「待ってください――――」

 俺は、かつてスラムの地で出会ったあの神秘的な少女に――――この国のお姫様に、恋をしてしまった。

 スラムの民でありながら。どうしようもなく愛してしまった。

 だから俺は、この恋を叶えるために、いつしか絶対に王子の体を奪い取る。

 例え、どれほどの夢や思いを犠牲にしたとしても。

だって、それだけが、この恋を叶える唯一の道筋だから――――。

 俺はカエデの燃えるような黒い感情をしっかりと受け止めた後で、試験会場を去る。

 そして未来へ向けて、覚悟のこもった力強い眼差しを向けた。


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