あばよ
試験会場に着くと、無数の受験者たちがそこには居た。
見たところ、半数が貴族の跡取り、もう半数がスラムの住民と言ったところか。
「サクラは、何試合目?」
「俺は三試合目だ」
「じゃあ、同じだね」
試験は、シンプルな一対一の決闘。
武器アリ、魔法アリ、殺しもアリの文字通り何でもアリのルールになっている。
勝ち残っている人数が、合格上限人数を下回るまで続くことになっているため、優勝を決めたり、最下位を決めたりをする訳ではなく、とどのつまり、試験終了の知らせがでるまで単に勝ち残り続ければ良いのだ。
「それじゃあ、一試合目を観戦しに行こうか」
「分かった」
俺とカエデは、試験会場の観覧席に移動した。
そして観覧席に座り、会場全体を見回す。
「……なにこれ」
「やっぱ……こうなるんだな」
試験会場には計十個のコートが用意されていて、全てのコートで同時に試合が展開されている。
それらを見回して明らかに分かる事、それは、全ての試合が貴族の跡取り対スラムの住民の構図になっているという事だ。
試験官の合図で、それら全ての試合が同時に開始される。
ただ、開始の合図が掛かってすぐに、ほぼ全ての試合が終わった。
言わずもがな、貴族がスラムの人間を蹂躙したのだ。
見たところ、試合に負けたスラムの住民の大半が、死んでいるか、そうなってもおかしくない程の大ケガを負っている。
「むごいな……」
スラムの人間の中に、まともに剣術や体術を身に着けている者はいない。
その上、試験会場で武器の貸し出しなども行われていないため、貴族は武器を持っているのに対し、スラム街の人間はほぼ全員丸腰。
瞬殺されない方がおかしな状況と言ったって良いのかもしれない。
あっちこっちで血しぶきが上がっている惨状を見て俺は、声は上げずに、ただ奥歯を噛みしめた。
横を見ると、カエデが顔を青ざめさせ、ガクガクと震えていた。
ただ、そんな様相になるのもおかしくはない。
なんせ、それほどまでに残酷な事が目の前で起こったのだから。
「ある程度予想はしていたが、ここまでとは……」
試合に勝った貴族連中は、悪魔のように笑いながら、試験会場を後にしていく。
人を殺したというのに、少しも悪びれている様子は無い。
「行こうカエデ。この調子じゃ、俺達の試合もすぐ始まる」
俺は、唖然としてしまっているカエデにそう声を掛け、席を立つ。
「うん……」
カエデは顔を青ざめさせながらも立ち上がり、俺と共に試験会場へ向かい歩き出した。
「ねえサクラ…………」
誰もいない通路で突然、カエデが話しかけて来た。
「私たち、本当に合格できるかな…………」
目をチカチカさせながら、声を震わせてカエデは言う。
これほどまでに動揺していると、試合に影響をきたしてしまいそうだ。
「大丈夫だ。お前は強い」
俺はカエデを抱きしめ、安心させるよう頭を撫でる。
「一年間毎日、今日のために頑張って来ただろ?」
「うん……」
「それに、俺とカエデは、お世話になったご近所さんたちの思いも背負ってる。そこらのスラムの奴とは、覚悟が違う」
「そう……だね。そうだよね」
カエデの語気に力が戻ったことを確認し、俺は手を離す。
するとカエデは、真剣な面持ちで俺を真っすぐ見た。
「勝てるのかじゃない。私たちは、皆のために勝たなきゃダメなんだよね」
「ああ」
カエデは俺に向かって拳を突き出し、俺はそれに自らの拳を合わせる。
そして、カエデは一度大きく深呼吸をした。
「サクラ」
カエデはこちらを真っすぐ見つめ、俺の名を呼ぶ。
「二人で、絶対に生き残ろうっ」
満面の笑顔で、カエデは俺にった。
ただ、俺はその言葉に頷くことはせず、優しくカエデの頭を撫でた。
カエデを励ますかのように――――謝るかのように。
◆◆◆◆◆◆◆◆
試験官に呼ばれ、俺はつるはしを片手に持ち、コートに立つ。
観客はまばらだが、確かに人はいて、決して少なくは無い人間が俺を見ている。
ヒリ付く空気。閉まって行く毛穴。震える手。平常心を意識しようとしても、体が言う事を聞かない。
俺は大きく息を吸い込み、そして覚悟を決めた。
絶対に勝つ――――。
「ふぁーあ」
俺の対戦相手が、大口を開けてあくびをしながら現れた。
華美な剣に、素材の良さそうな衣服。見るからに貴族だ。
そいつの、負ける事など微塵も考えていない様子が、何だか腹立たしい。
「え? ちょっと待って君、その見るからにボロボロなつるはしで戦うつもりかい?」
俺が答えずにいると、相手の貴族は大爆笑をしだした。
「なるほど、スラム街って、想像以上にひっでぇ所なんだ」
同情するかのようにじゃなく、嘲笑うかのようにそいつは言う。
だが、俺はその挑発には反応しない。
「何か言ったらどうだい?」
無視を決め込み続けていると、そいつは鋭い目線で俺を睨んで来た。
苛立っているのを隠そうともしていない。やはり、小物――か。
「これから死ぬやつに、贈ってやる言葉は持ち合わせていないんだ」
「なるほど。ぶち殺す」
試験官が手を挙げる。間もなく試合が始まる合図だ。
「フラッシュ・ボナパルトだ」
「サクラ」
形式上の名乗りを終え、試験官が試合開始を宣言した。
そいつ――――フラッシュはすぐさま俺へ距離を詰めてきたため、俺はカウンターをするかのようにつるはしを振る。
ただ、つるはしはなぜかフラッシュの体をすり抜け、空を切った。
そして、すぐさまフラッシュが剣を振り上げたため、俺は急ぎ距離をとる。
「霧化といったところか」
俺がそう言うと、フラッシュは何も言わずに、ただ不敵に笑う。
おそらく俺の推測は当たっているのだろう。ただ、魔法のネタを知られても、問題なく勝てるという意志からくる笑みか。
今度は、霧になった状態でフラッシュは俺との距離を詰めてくる。
先ほどとは比較にならない程の速さだ。
後方に退くことは無意味のため、俺は迷わずその霧に突っ込んだ。
「――――やっぱり、勝機はあるな」
フラッシュの手から血が流れる。
俺が通りすがる際に、つるはしで切ったのだ。
「あくまで霧になれるのは自分の体だけ。そして剣を持てなくなるから手は霧にはできない」
俺がそう言うと、フラッシュは分かりやすく舌打ちをする。
つまり、手を集中的に狙って傷を負わせ、痛みによって魔法が乱れたところを叩くのが俺の唯一の勝機という事だ。
それさえ分かってしまえば、勝ちようはある。
俺は、今度は自分から距離を詰めた。
狙うは剣を握る手。
こいつの体術や剣術は大して精錬されはいない。
俺が本気でつるはしを振れば反応することは出来ないはず。
「終わりにしよう」
俺とフラッシュはゆっくりと歩み寄り、そしてやがて走り出す。
この交差で勝負は決まる――――。
「な――――どうして……」
ただ、交わるより先に――――俺の腕が切り落とされた。
利き手を切り落とされたため、もうつるはしを持つことは不可能になった。
「何が起こって……」
俺はフラッシュの動きを遥かに上回る速度で、フラッシュの手を切った。
なのに、つるはしは宙を切った。
それはつまり、フラッシュが手を霧化したという事で、現にフラッシュが持っていた剣は床に落ちている。
そしてその剣に血は一滴たりとも付いていない。
「タネは、コレだ」
そう言うと、フラッシュの逆手に、俺の血がべっとり付いた剣が現れ、背中にさやも現れた。
「この剣は特別製でね。俺の魔法で霧化をさせることが出来る剣なんだ。だから、ここに来た時からずっと、肉眼では見えないよう霧にして、隠し持っておいたのさ」
「ク、クソッ――――」
まさか、そんな隠し玉があったなんて…………。
「勝負ありだな」
俺の手は切り落とされた。もう武器も持てない。
ここから勝つことは不可能だ。
俺は――――死ぬのだ。
「最後に言い残したい事は、絶対に聞いてやらねぇから」
そう言い、フラッシュはその場にうずくまっている俺にゆっくり歩み寄る。
「じゃあな。お前の事、多分明日にはもう、忘れてると思うぜ」
フラッシュは、俺の喉元に剣を差し出す。
俺はゆっくり、目を閉じた。
「あばよ」
そして、フラッシュの剣が俺の喉を貫いた――――。
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