あの方へ愛を込めて
心地よい風が、俺の前髪を揺らした。
「ほらサクラ、行くよ」
目を開くと、芝生に寝転がっている俺を、一人の少女が見下ろしていた。
「相変わらず見つけるのが早いな、カエデ」
その少女の名はカエデ。俺の同居人だ。
「そりゃあ、この街でサボるなら、ここに来るしかないからね」
「……まったく、狭い街だな」
俺は立ちあがり、少し先にある巨大な鉄の柵を見上げる。
スラム街はこの数年で、尋常じゃないほどの変化を遂げた。
スラム街の地下で石炭の鉱脈が見つかったのを皮切りに、莫大な面積があったスラム街は無理矢理一か所にその人口を集約させられ、四方を高い鉄の柵で囲われた。
そして、閉じ込められたスラム街の住民は、炭鉱での労働を強制させられている。
「はあ、働きますか」
生気の無い声を発して、俺達二人は炭鉱へと歩いて行った。
炭鉱に着くと、遅刻をしたことを都市から来た職員に怒られた後、いつもと同じよう、つるはしを振り下ろして行く。
代り映えしない一日の出来上がりだ。
「ねえ、サクラ」
無心でつるはしを振り続けていると突然、カエデが俺に話しかけて来た。
「ん?」
「今日もこの後、やるから」
俺に視線を向ける事すらせずに、ただ石炭を運びながら、カエデは去り際にそう言い残す。
「分かった」
俺はカエデ同様、淡白にそう返事をした。
「この後やるってのは、なんだぁ」
不意に、俺とカエデの話を聞いたのか、横でつるはしを振っていた、ムスっとした表情のおじさんが話しかけてきた。
このおじさんは近所に住んでおり、一応それなりには交流のある人だ。
「いいや。何でも無いです。気にしないでください」
別に、隠すべき何かをしているという訳ではない。
でも、何となく隠しておきたい。
夢を叶えるための努力は、ひっそりとやるもの。それが、俺の美学めいたものだから。
◆◆◆◆◆◆
わずかな量の食料を持って、俺とカエデは帰宅する。
外はもう真っ暗だ。
本来なら一日が終わるような時間帯だが、俺達にとっては、これからが本番と言って良い。
「先に行ってるからな」
まだパンを食べているカエデに向かって、先に食べ終わった俺はそう言い残して、外へ出た。向かうのは、俺が昼寝をしていたあの場所だ。
外に出ると、俺はまず準備運動をして、その後で炭鉱で使ったつるはしを持って、それを振る。
ただ、石炭を掘る時の動きじゃない。
つるはしを鎌に見立てて、武器を振る動きを俺はする。
少し時間が経ち、小汗をかいたところでカエデがやって来た。
「相変わらず、気合十分ね」
「まあな」
「サクラ、仕事はサボってばっかなのに」
「……まあな」
カエデの手にもつるはしが握られていて、構えを取り、俺に向かい合う。
「今日は力加減をミスらないでよ。一応、か弱い女の子が相手なんだから」
「お前こそ、魔法は禁止だからな」
「はいはい。それじゃあ、行くよっ」
その言葉を皮切りに、俺達は決闘を始める。
俺達がどうしてこんなことをしているのか。それは、来年から新たにとある制度ができるからだ。
その制度とは、スラム街の人間も国立魔法学院の入学試験を受ける事ができるという、俺達にとってはまさに夢のような制度だ。
国立魔法学院とは、今までは貴族しか入れなかったいわゆるエリート学校で、入るだけで人生の成功が約束されるとさえ言われる、まさに楽園のような場所。
今までは貴族の家系しか受験を許されなかったその国立魔法大学の入学試験に、来年からは庶民もスラムの人間も、希望する者は皆受験することが出来るようになった。
まさに、人生大逆転の時が訪れたという事だ。
「おらオラ、どうした」
俺はつるはしを巧みに振り回してカエデを追い込んで行く。
魔法学院の試験内容は、庶民やスラム街の人間には伏せられているが、確かな事は、強い奴が合格をするということ。
だから俺達は、より強くなるために、こうして高め合っている。
「もうっ」
俺の激しい攻撃にいらだったのか、カエデはそう声を上げて、それと同時に青白い光の壁がカエデの周囲に展開された。
「おい、魔法禁止だって」
「いいじゃん。魔法使わなきゃ勝負にならないって」
「でも、俺使えないし……」
この世の半分くらいの人間は神から固有の魔法を授かっており、その魔法を扱う事が出来る。
そして俺は、持っていない側。
魔法を持っていなくても魔法学院には一応入学できるが、持っていない側の人間は、どれだけ頑張っても魔法を使える事は決してない。
「別に、どうせ入試で競う大半の人は魔法を持ってる訳だし、サクラは魔法が無くたって強いんだから、魔法アリにしようよ」
「……分かったよ」
その後も、俺達はつるはしをぶつけあって、カエデは魔法を使い、戦い合っていく。
夜の闇が浅くなっていくその時まで、俺達は特訓を続けた。
そして、ヘトヘトになった俺とカエデは、力なくその場に倒れ込む。
「歯が立たんかった……」
「当たり前でしょ。私は魔法使ってたんだから」
「そうだけどさ……」
だとしても、悔しいものは悔しいと、そう感じてしまう。
「でも、やっぱりサクラはおかしいよ」
「……何だよ、急に」
「だってさ、魔法使えないのに、強すぎるって」
「そりゃどうも」
俺は、カエデの賛辞を適当に受け流す。
「流石は、毎日私より早く来て、遅くまで特訓してるだけの事はあるって感じ」
「才能の無い人間は、みっともなく努力するっきゃないからな」
俺は、嘲るようにそう語る。
「――――いいや、全然みっともなくなんかないよ」
二人で夜空を見上げながら、俺達は語り合う。
「…………むしろ、カッコいいくらいだし」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いや。何でも」
どこか慌てたような声色で、カエデは否定した。
気のせいだろうか。確かにカエデは何かを言った気がしたのだが。
――――ごめんな……。
「なあカエデ」
「ん?」
話の流れを断ち切るかのように、俺は声を掛ける。
「絶対に合格しような」
「うん。分かってる」
そして、夜空に輝く星にそう誓い合った。
魔法学院の入試までは残り一年と少し。正直、その間に俺とカエデがどれほど強くなれるかは分からない。
でも、貴族の人間なんかの何倍も努力して、絶対に合格を勝ち取る。
そのためなら、何だってやってやる――――。
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