新たな生活
尺の都合で、前話のラストにワンシーンだけ追加させていただきました。
この話から新章になります。
「なんか、緊張するな」
俺は馬車の中で、胸を手で押さえながら言う。
「ハハハ、そんなに緊張なさらないでください。一か月ぶりとはいえ、自分の家に帰るだけなのですから」
ララはあたふたしている俺を見て、包み込むように優しく笑う。
いや、確かにそうなのだけれど、そうじゃない。
俺にとって自分の家は、人生で始めてくる場所。
周りは皆俺の事を知り尽くしているが、俺自身が俺の事を知らない。
皆にとってはホームなのだが、俺からしてみれば完全アウェーの空間。
今までは多少気を抜ける時間があったが、家に帰ったら、四六時中ボロを出さないよう気を遣わなくてはいけない。
それが大変憂鬱で、同時に上手く隠せるのかという不安感を駆り立ててくる。
「それにしても、あなた、何か良い事でもありました?」
「え?」
「いえ、あなたが私を笑わせようとしてくれるのが、大変珍しい事だったので」
なるほど、どうやら俺がした緊張しているという話は、一種のおふざけと解釈されたらしい。
ただ、それはそれで都合が良いので、誤解させたままにしておくことにしよう。
「まあな。俺にも、話を面白いと感じて欲しいという気持ちはある」
「そう……なのですか」
ララは、どこか不思議そうな顔を浮かべていた。
これ以上何かを語ると、余計に傷口を広げる気がしたため、俺はその後ララとの会話を断ち切り、ただ窓の外を眺めて到着を待った。
馬車に揺られる事数十分。揺れが収まり、馬車は静止した。
ララと一緒に外へ出ると、目の前には豪華な屋敷が広がっていた。
下級とはいえ、流石は貴族と言ったところか。
「さ、中へ入りましょ」
「あ、ああ」
俺はララに連れられ屋敷の中へ入る。すると、数えきれない程の使用人がビシッとカーペットを取り囲むように整列をして、道をなしていた。
ララはそんな使用人たちの間を堂々と歩いて行く。
俺もそんなララに続いて、内心では心臓の鼓動を速めながらも、可能な限り堂々とした態度を取り繕い、歩いて行った。
流れに身を任せながら階段を上ると、流石に二階までは使用人は並んでいないようで、俺は少し肩の力を抜く。
ただ同時に、とある問題が生じた。
俺の部屋がどれか分からない…………。
流れからいって、俺の部屋はおそらくこの二階のどこかにあるのだろうが、いかんせん部屋が多すぎる。
適当に端から部屋を開けまくるという選択肢もあるが、不審がられる上に、そもそも正解である俺の部屋の内装が分からないのだから意味が無い。
これは……そうだ、先ほどの会話を流用しよう。
「なあ、ララ」
俺は、おそらく自らの部屋に帰ろうとしているララに声を掛ける。
「なんですか? あなた」
ララは俺の方へ振り返り、純粋無垢な笑顔を向けてきた。
「俺の部屋は、どこだったっけか」
何も包み隠さず、俺は直球にそう尋ねてみる。
堂々と言い放ちはしたが、心臓は素早く鼓動していた。
「フフフ。あなた、よっぽどいい事があったのですね」
俺の望み通り、ララはこれをおふざけだと解釈してくれたようだ。
「いいから、俺の部屋は」
「ふふ、一番奥の部屋ですよ。あなた、他に忘れたことはありませんか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。でも、またすぐに、何か忘れてしまうかもしれない」
「そうですか。では、その時は真摯に対応しますねっ」
笑顔を弾けさせながら、ララはそう言って去って行く。
意味不明なノリの会話にも付き合ってくれて、ララは本当に良い子だな。
俺は内心で感謝をしつつ、ララに教えてもらった一番奥の部屋に向かい、歩き出した。
そして一番奥の部屋の中に入ると、ある意味予想通りの光景が広がっていた。
「派手すぎる……」
下品な程に派手なシャンデリアには、使用人が気を聞かせてくれたのかすでに明かりがともっており、ベッドはそれ単体で俺のスラム街の家と同じくらい大きい。
置いてある家具も全てがギラギラと輝いており、とてもじゃないが趣味が良いとは言えないな。
「何はともあれ、ようやく一息つけるっ――――」
俺はベッドに勢いよく飛び込んだ。
宿のベッドとは比較にならない程、フカフカで柔らかい感触が俺の体を包む。
今日はもう、このまま眠ってしまおうか。
この後、家族と食事の予定があるらしいが、疲れて寝落ちしてしまったと言い訳すれば問題あるまい。
俺は全身の力を抜き、眠りの世界へ旅立とうとする。
ただその瞬間、不意にベッドの下からガサガサと物音がした。
「は――――?」
物音のする方へ目を向けるとそこには、下着姿の少女が立っていた――――。




