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失われた妻の世界を、未完成のコードで取り戻す  作者: 一雲一人


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第9話 幼馴染の無茶振りと弁天池

公平はグラスを軽くテーブルに置き、目を丸くして身を乗り出した。


「な、な、何だ今の話……! 確かにあのゲーム、グラフィックや景観はめちゃくちゃ良かったけど、会社の上層部がそこまで大絶賛するレベルだったのかよ!」


「あぁ~、それで会社帰りってわけさ。会議室でスッカリ褒めちぎられてきちゃって、こっちが気恥ずかしかったよ」


結弦が苦笑しながら答えると、公平は面白そうにニヤリと笑った。


「そりゃそうなるだろ! で? 話はそれだけで終わったのかよ。まだ完成じゃないんだろ、おい、少し俺の要望もあの世界に組み込んでくれよ!」


「お前の要望って……何だよ」


呆れたように結弦が聞き返すと、公平は得意げに親指を立てた。


「ほら……女性のキャラクターデザインをさ。いや、俺専用のハーレムを作れってわけじゃないけど、他の一般プレイヤーとは違うチート級の専用アイテムとか、特別なスキルとか、色々やりようがあるだろ? 男のロマンだよ、ロマン!」


「それに、俺が選ぶアバターは女性系って知ってんだろ!」


友人らしいあまりに直球なリクエストに、結弦は思わず吹き出しそうになった。


(いやいや、この世界の主役はあくまで玲子なんだが……)


心の中で苦笑交じりにツッコミを入れる。


以前、公平から「あれから玲子さんはどうなった? あのプロトタイプデータからコピーして大丈夫だったのか?」と尋ねられたことがあった。


その時、玲子はプロトタイプからのコピーに依存する存在ではないのだと告げて以来、公平の中で玲子は「街のNPCの一人」という位置づけに収まっているのだ。


「チートアイテムか……。まあ、考えておかないこともないけどな」


結弦がグラスを傾けて濁すと、公平は「おいおい、ケチケチせずに頼むぜ!」と楽しそうに笑い声を上げた。


結弦はふとグラスを置き、公平の陽気な笑い声を聞き流しながら、手元のメモ帳に視線を落とした。


「アイテムか……。隠し場所は……そうだな。池か……弁天池、か」


独り言のように呟きながら、ボールペンを走らせる。


物語の舞台となる街やフィールドの地図を頭の中で思い描きながら、重要なランドマークの配置を考えていたのだ。


「……あいつ、真面目な顔して何を祈ってたんだろうな」


二人が暮らしていた、このアパートのそばには、小さな池があった。


水面が穏やかに揺れるその池の畔には小さな神社が佇んでおり、足を踏み入れれば、凛とした空気を纏う鳥居と、鮮やかな赤い太鼓橋が架かっていた。


緑に囲まれた池の周りを、玲子と並んでのんびり散歩するのが日課だった。


ふと、彼女があの場所で静かに手を合わせていた姿を思い出す。


――玲子は一体、何を願っていたんだろう。


今度、本人にこっそり聞いてみるか。


そんな他愛のない記憶を辿りながら、物語の地図のどこかに、あの弁天池の景色をそっと重ねてみた。

その思い出が、この世界をよりリアルに彩っていった。


「おい結弦、何一人でニヤついてんだよ。さてはチートアイテムのアイデアでも思いついたな?」


公平がグラスをコツンとテーブルに軽くぶつけながら、探るような目を向けてきた。


「あぁ、まあな。アイテムの前に、もう少しこの街の地形を固めておきたくてさ」


結弦はしれっとそう返し、再び地図の白紙部分にペンを走らせ始めた。


「じゃあまたな。結弦、チートアイテムの件は頼んだぞ!」


二人はそれぞれの帰路についた。


――さて、帰るか。


玲子の待っている、俺の家へ。


玄関を開けると、足音を聞きつけた犬のジョンと猫のミーコが、待ちかねた様子で出迎えてくれた。


流石に人間語を話すわけではなく「ワン」と「ニャン」だが、その鳴き声には豊かなバリエーションがある。


それに、俺たちが話す言葉はちゃんと理解できるようにプログラムしている賢い奴らだ。


「ただいま。玲子は?」


そう声をかけると、二匹は振り返り、まるで「ついてこい」と言いたげな仕草でトコトコと歩き出した。


二階のほうから、何やらゴソゴソと物音が聞こえてくる。


「玲子、何してるの?」


階段を上がって声をかけると、慌てた様子で玲子が顔を上げた。


「あ! 結弦、聞いてよ。カメラがないのよ! どこに置いたんだろ……。

まさか、ホバーバイクで飛んでいるときに落としたかも!? 何とかならないかな?」


心配そうな顔をする玲子に、俺は首をかしげる。


「カメラか? 一体どこで……」


「昨日ね、水平線の向こうをゆっくり進む白い豪華客船が見えてね! それで、すぐにカメラを持ってホバーバイクで近くまで写真を撮りに行ってさ。結弦にも見せてあげようと思ったんだけど……」


玲子は困ったように眉を寄せ、頭を抱えた。


結弦は顎に手を当て、昨日の行動を思い返す。


「確かに……海の中かもしれないな」


結弦は腕を組み、ふと面白いアイデアを思いついたように目を輝かせた。


「だとしたら、海中を潜れるようなアイテムも作るか? 玲子、海の中なんて広すぎて果てしないかもしれないけどさ、一緒に潜ってみたくないか? もちろん、綺麗な魚たちもたくさん泳いでる世界にしないとな」


「うわ、それ楽しそう!」



つづく

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