第10話 二人の快適な生活と法要
あ、そうだ、雑誌とかもあるといいよね。のんびり時間潰すのには最高じゃない!
玲子は目を輝かせて頷く。
「それにさ、異世界に来たんだから、やっぱり本格的な冒険もしてみたいわ。ダンジョン攻略とかね! でも、もしやられたとしても、絶対死んでステータスリセットになんてならない仕様にしてよ? それだけは絶対条件だからね!」
「はは、分かってるよ。全ロスなんてしたら台無しだしな」
結弦は軽く笑ってから、少し真面目なトーンに切り替えた。
「でもさ、玲子。その『死なない仕組み』に関してなんだけど……実は、玲子自身の身体そのものを直接いじったり、改造したりすることはできないんだよ。なんでかっていうと――」
結弦は玲子のほうをまっすぐ見つめ、仕組みを説明しはじめた。
「だから、玲子の身体の周りを特殊なエネルギーでがっちりコーティングしたうえで、そこにいろんな能力や安全機能をプラスしているんだ。空から万が一落ちたとしても、地面に激突する前にふわりと安全に着地できるあの無敵の安心感も、全部そのコーティングのおかげなんだぜ」
「だから、会社に提出しているソフトのプログラムなんて、玲子のデータが不思議な文字化けした塊になっている部分だけは、なぜかコピペを受け付けないんだよな。逆に、機密を守る意味では簡単で良いんだけどさ」
結弦がパソコンの画面から視線を外し、振り返って言う。
「このパソコンの環境にだけ、特別に存在しているような感じなんだよな、このデータは」
それを聞いた玲子が、ふと思い出したように声を上げた。
「あ、もしかしてそれが原因なのかな……? 結弦がデータのコピーを作っているときに、時々変なことが起こるのよ!」
「変なことって?」
「何処かへ吸い込まれていくような不思議な感覚があるのよ。でも、怖いわけじゃなくて平気なんだけどね。なんて表現したらいいかな……。身体はちゃんと言い表せないけど、スルスルと滑り台を降りていくような、そんな不思議な感覚かな」
玲子の言葉を聞いて、結弦はハッとした。
「だから一応、コピーが終わったあとは、私がちゃんとここに居るか確認してよね、結弦!」
「わっ、それはめちゃくちゃ危ないだろ! 最初から言ってくれよ……!」
冷や汗をかきながら、結弦は慌てて玲子の方に歩み寄る。
「わかった、これからはコピーのあとの生存確認は絶対だな!」
結弦は大きく頷き、二度とそんな思いをさせないようにと、しっかりと玲子の手を握りしめたのだった。
結弦はその後、プログラム領域の書き方とコピーする部分を分割して提出するようにした。
会社へ提出する際は、それまでは毎回すべてのプログラムを提出していたが、今後は新しく書いた部分だけを追加提出する方式に変更した。
これで全般的な改良はすでになくなり、遠景や細部の調整といった部分的な作業のみになるため、玲子が困ることもなくなるはずだと考えた。
「さて、雑誌だけど……無料で定期的に中身が入れ替わるニュースアプリ感覚で読めるものとか、玲子が好きそうな専門誌も数冊用意しておくか」
結弦はモニターに向かいながら、ふと名案を思いついたように手を叩いた。
「あ、そうだ! 街のビルのデジタル掲示板。これをゲーム内の企業に広告枠として提供できるようにしたら、めちゃくちゃリアルな宣伝効果が出るんじゃないか? これを次の新規案件として会社に提出しよう!」
コンテンツの自動更新機能を組み込み、定期的に内容が入れ替わる電子雑誌は、とりあえず二冊のラインナップに決定した。
「よし、これで実装完了っと!」
この頃には世界のスケールも、いよいよ地球規模へと広がっていた。
空をどこまでもまっすぐに飛び続ければ、いつしか深い霧に包まれて視界を奪われる。しかしそのまま突き進めば、世界をぐるりと一周して戻ってくる仕組みになっていた。
霧の向こうには、まだ新たな大陸や海を追加できる未開拓領域が残されていたが、ここで一度キリをつけてベータ版とし、会社への打診を進める段階に入っていた。
それもすべて、会社の仲間たちと連携を組み、チームで勝ち取った結果だ。
心地よい達成感に包まれながら、結弦はふとカレンダーに目をやった。
――そろそろ、玲子の四十九日がやってくる。
「……そろそろだな。玲子の両親に連絡を入れないと」
止まっていた現実の時間に引き戻されるように、結弦は静かにスマホを手に取り、アドレス帳を開いた。
「もしもし、お母さん、結弦です。遠国結弦です」
スマホのコール音が何度か鳴ったあと、電話口に出たのは玲子の母親だった。
「あぁ、結弦くん……」
受話器の向こうから聞こえる声はどこか優しく、そして切なさを帯びていた。
「ご無沙汰しています。……あの、玲子の四十九日の件で、お母さんにご連絡させていただきまして」
用件を切り出すと、母親は自身の悲しみよりも真っ先に結弦の体調を気遣った。
「仕事の方は大丈夫かい? 体調は崩してない? ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ」
自分に言い聞かせるような、温かな口調。実の親以上に我が子のように心配してくれるその言葉に、結弦は胸が締め付けられる思いだった。
「……うん、ありがとう」
通話を終え、スマートフォンを置く。しばしの静寂のあと、結弦は深く息を吐いて気を取り直した。そして、今度は自分の実家へと連絡を入れるのだった。
つづく




