第11話 発売日とアイテムの隠し場所
玲子の遺骨は、独立した墓ではなく、田舎のお寺の納骨堂にある小さなスペースに納められている。
田舎とはいっても、ここからのアクセスは悪くない。相模原の古淵駅から2キロほどの距離だ。何かと玲子の実家に近いほうが都合が良いだろうと考え、自分たちの家からも電車で1時間ほどで通えるその場所を選んだのだった。
お寺への連絡も済ませておいた。
当日は俺と両親の三人でお寺に向かい、現地では玲子の両親が待っていてくれた。
法要は集まってから小一時間ほどで滞りなく終わった。
その後、俺たち三人は玲子の実家へと招待されていた。どうやら両親同士の間で事前に話し合って決めていたらしい。
驚いたことに、実家の仏壇にも、小さな手のひらのサイズほどの木枠に収められた玲子の写真がそっと飾られていた。
その場にいた誰もが涙を流していた。
それなのに、なぜか俺だけは涙が出なかった。
しばらくして、両親はタクシーに乗って自宅へと帰っていった。
静かになったリビングを見渡す。結婚する前、玲子の父親とはよくここで並んでビールを飲み、そのまま泊まらせてもらったものだ。懐かしい思い出に浸っていると、突然スマホの着信音が響いた。
画面を見ると、会社の上司である布施部長からの連絡だった。
「もしもし、布施部長、何かありましたか? 今日は玲子の法要がありまして……」
「あぁ、そうだったか、すまないな。少し今、いいか?
「はい、大丈夫です」
「例の案件、無事にクリアしたぞ。というか、なんだかすごいことになってきているんだ。このソフトの情報を聞きつけた大手ゲーム会社がいくつも介入しだしてな。まだどこが権利を勝ち取るかは先の話だが……。詳しくはまたメールを入れておくから、目を通しておいてくれ」
電話を切ると、そばで聞いていた玲子の父親が首をかしげた。
「何だか忙しそうだな?」
「お陰様で……。これも、玲子の手助けがあったからこそです」
「玲子が?」
「あ、いや、生前、よく隣でいろいろと助言をくれていたので……」
「なるほどな」
少しお酒が入っていた勢いもあり、気づけば結弦は、ずっと胸に秘めていた秘密を口にしていた。
「あの……実は、このゲームソフトの中に玲子を再現して、いつもこうして会話しているんです」
予想外の告白に、父親は目を丸くした。
「あらま、そんなことが出来るのかい?」
興味深げにぐっと話に入り込んできた父親の顔を見て、結弦は少しだけ勇気が出る。
「今度、よかったら一度、見に来てください」
こうして夜は更け、翌朝、温かい朝ごはんをごちそうになってから、結弦はアパートへと帰宅した。
一人になった部屋で、昨夜のことをふと思い返す。
――あんな突飛なことを言ってしまったけれど、お父さんは不快に思わなかっただろうか。
少しの不安を抱えながらも、結弦はパソコンの画面に向き直るのだった。
それから、月日が流れた――。
ノスタルジア・シフト・ワークス社から発売された『エコー・オブ・メモリーズ ~残響の街と幾重の空~』は世間ですさまじい大評判となり、その爆発的な売れ行きは、結弦の所属する子会社にも確かな利益をもたらしていた。
だが、俺自身は現実の喧騒から少し離れ、玲子との穏やかな生活を心から満喫していた。この世界は、世間を熱狂させている『エコー・オブ・メモリーズ』よりもはるかに快適で、なおも独自に発展し続ける、誰にも邪魔されない独立した世界なのだから。
その後、公平も結弦の家にやって来た。
「おい、あれ凄えな! 駅前のソフトショップなんて、どこも完売だったぞ。もちろん俺も買ったけどさ。ところで、ゲームに出てくるアマゾネス、色々ありがとうな、気に入ったよ!」
ハイテンションでまくし立てたあと、公平は急にニヤリと笑って声を潜めた。
「でさ、隠しアイテムの場所、ここだけの話だ! 絶対ナイショで教えてくれよ。幼馴染のよしみだろ?」
「あぁ、仕方ねぇな……。いいか、一つだけ教えてやるよ。最強のチートアイテムのありかは、『忘れ去られたアーカイブの最奥』だ!」
「ちなみに、どんな能力が発揮されるかは、実際に装着してからのお楽しみってことでな!」
公平は「マジか、楽しみだぜ!」と目を輝かせた。
さらに俺は、「あとさ、これはナイショなんだけど……」と声を潜め、ひとつの裏仕様を明かした。
特定のある女性アバターだけが、一見何の役にも立たない『ゴミアイテム』を装備した時、信じられないほどの爆発的なバフがかかるシステムが組み込まれているのだ。
その仕掛けを聞いた公平は、「ハハッ、なんだそりゃ! 誰がそんなの見つけるんだよ」と大笑いし、満足そうに胸躍らせながら家を後にしていった。
静かになった部屋で俺がひと息ついていると、デスクの上のスマホが震えた。
画面に表示されたのは――玲子の父親からの着信だった。
「……もしもし」
画面をスライドさせ、耳に当てる。電話越しに聞こえてきたのは、いつになく真剣で、どこか焦りを帯びた声だった。
「買ったよ!」
「……え? 何を買ったんですか?」
「ゲームだよ、結弦くんが作ったやつ! 妻と一緒に、さっそく楽しませてもらってるよ!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。あの日、酔った勢いで「この中に玲子がいるんだ」と打ち明けた言葉を、お父さんはずっと覚えていてくれたのだ。そして、我が子が創り出した世界を通して、再び玲子に触れようとしてくれている――。
「お父さん……。今度、お母さんと一緒に、ぜひここに来てください。大切な話があります」
そう伝えて電話を切る。
今なら、すべてを正直に話せる気がした。
結弦はすぐさまシステムを操作し、玲子の父親をこの世界へ迎え入れるための準備を整える。データの中にダイブするための手順を進めながら、隣にいる玲子へと視線を向けた。
つづく




