第12話 花壇の記憶
「お父さんたちも、この世界に来てくれるって」
それを聞いた玲子は、ぱっと満面の笑みを浮かべて嬉しそうに言った。
「本当? ありがとう、結弦!」
玄関のインターホンが響いた。
ピンポーン――。
訪ねてきたのは、玲子の両親だった。
「どうぞ、中へ」
二人を部屋へ招き入れ、リビングで冷えた麦茶を差し出す。
連日うだるような暑さが続いていたため、エアコンの効いた室内に入ると、二人ともホッとしたように肩の力を抜いた。冷えたグラスを手に取り、おいしそうに麦茶を喉へと流し込む。
窓の外では、蝉時雨が大合唱を響かせていた。
「あぁ、生き返るよ……」
お父さんはグラスを置いて満足そうに息をつくと、優しく目を細めて呟いた。
「それにしても、最近は結弦くんのゲームで遊ぶのが私たちの老後の楽しみでね。玲子の要望も入っていると聞いていたから、なおさらワクワクしていたんだよ」
楽しそうに笑う義父の言葉に、義母も優しく頷いている。
しばらく温かな雰囲気の中で思い出話に花を咲かせたあと、俺は意を決して切り出した。
「実は、今日お呼びしたのは他でもありません。奥にあるゲーム制作専用のマシンのことなんです。驚かずに……中にいる玲子と会ってやってください」
二人は困惑したように顔を見合わせる。
「お二人同時に潜れるよう、ヘッドセットとコントローラーを二セット繋いであります。アバターの衣装は普段着を用意しました。それを着て、街から見える見晴らしの良い丘の上の宮殿へ向かってください。そこに玲子がいます」
二人は並べられた椅子に腰を下ろし、期待と戸惑いを胸に画面へ向かい合った。
ゲームが始まると、アバターの装備選択画面が表示された。
「装備を選ぶのか……? お母さん、どれにする?」
「あら……お父さん、これを見て。普段着があるわ。まさに私たちが家で着ているような……」
結弦の言葉通りに用意されていた服を選び、身だしなみを整える。画面の中の二人は、いつもの見慣れた姿になった。
「母さん、準備はできたか?」
「ええ、出来ましたよ」
画面の中のアバターが完成した瞬間、お母さんが思わず声を上げた。
「あら、お父さん! なんだか少し若返ってますよ!」
「そうか? ……ふふ、お母さんだって、玲子が小さかった頃の姿みたいに若々しいじゃないか」
二人は顔を見合わせ、どこか気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑い合った。
結弦の細やかな気遣いを感じながら、父親はマウスからエンターキーへと指をのばす。
「よし……それじゃあ、行こうか」
「ええ、行きましょう」
二人は意を決して、静かにエンターキーを押した。
街の噴水の広場にたっていた。
「いつも遊んでいる街なのに、なんだか少し違うわね」
行き交う人々の密度は同じはずなのに、目に入る景色の質感や息遣いが、現実と見分けがつかないほどリアルだった。
「あのお屋敷のことだろう。行ってみようか」
坂道をゆっくりと登ってくる両親の姿を、玲子は部屋の窓越しに見つめていた。
だが、溢れ出る想いを抑えきれず、「家の中で静かに待つ」という手はずのことなど頭から消え去ってしまう。玲子は夢中で玄関の扉を開けると、外へ飛び出していた。
「お父さん! お母さん!!」
二人は絶句した。
響き渡ったのは、紛れもなく生前の玲子の声、そして懐かしい呼びかけそのものだったからだ。
込み上げる感情に、二人の目は溢れる涙で前が見えなくなっていた。
両親は涙を拭い、目の前に立つ玲子を「結弦くんが作ってくれた精巧なプログラム」として、愛おしそうに見つめている。
「本当にすごいな……声も、仕草も、玲子そのものだ。結弦くん、本当にありがとう」
父親は感無量といった様子で、画面の向こうの玲子に語りかけた。
玲子に誘われるまま足を踏み入れたのは、陽光が差し込む広いリビングだった。天井には煌めく豪華なシャンデリアが掲げられ、中央にはフカフカのソファ。足元には可愛い犬と猫が駆け寄ってくる。
「ジョンとミーコだよ! 可愛いでしょ〜? 昔からずっと飼ってみたかったんだ!」
玲子は弾む声で名前を紹介してくれた。
さらに玲子は二人を連れて、海を見渡せる広いテラス庭園へと向かう。
「見てみて、お庭のお花! 好きな花をいっぱい植えてみたの」
色とりどりに咲き誇る花々を嬉しそうに紹介する玲子の姿を眺めながら、二人で昔話に花を咲かせる。
やがて、色鮮やかな花壇を優しく見つめていたお母さんが、ふと思い出したように愛おしそうに目を細めた。
「ねえ、玲子……覚えてないでしょうけどね。あなたが二歳のとき、私とお父さんの結婚記念日に、庭のお花畑からチューリップを全部抜いちゃったことがあったのよ」
玲子は「え? 私が?」と不思議そうに首をかしげる。
「ええ。『お母さんにあげる!』って、泥だらけの手で笑ってね。あの時、せっかく咲いたお花を台無しにされてお父さんは困り顔だったけど……お母さん、本当は飛び上がるほど嬉しかったの。……幼すぎて、あなた自身はすっかり忘れていたでしょうけどね」
その時、VRの中の玲子がふっと遠い目をして、愛おしそうに微笑んだ。
「……ううん、覚えてるよ。うっすらとだけど……」
お母さんが驚いて目を見開く。
「あの時のお母さん、泣きそうな顔しながら私を強く抱きしめてくれたよね。……『ありがとう、世界で一番嬉しいプレゼントよ』って、耳元で言ってくれた。……私、お母さんの温もりと一緒に、ずっと覚えてたよ」
その言葉は、あの時お母さんが抱きしめながら玲子の耳元で小さく囁いた、誰にも言っていない一言だった。
幼かった玲子は言葉の意味すら分かっていなかったはずで、AIが過去のデータから生成できるはずもない「感情の記憶」。
「……あ……ああ……っ!」
お母さんは口元を押さえ、崩れ落ちるように泣き出した。
「玲子……! あなた、本当に玲子なのね……!? 機械なんかじゃない、私の玲子がそこにいるのね……!」
つづく




