第96話:峻烈なる洗礼
先鋒、瞬。
試合開始の合図と共に、瞬はこれまでにない戸惑いに飲み込まれていた。
(こいつ……全然、下がらないのか!?)
瞬がどれほど鋭く攻め立てても、相手は微塵も怯むことなく間合いを詰めてくる。様子見の小手や、虚を突くフェイントなど一切ない。放たれる全ての打突が、一撃必殺の気迫を帯びていた。
捨て身の猛攻に、瞬は防戦一方へと追い込まれていく。
「……桐谷の息子じゃな」
最奥のパイプ椅子に腰を下ろした宇佐美が、低く呟いた。
その傍らに正座する康介が、背筋を伸ばしたまま答える。
「はい。負けん気が強く、稽古熱心な男です。ここ数ヶ月の成長には目を見張るものがあります」
「負けん気が強く、熱い……か。親父とは違うな」
宇佐美の口元が、わずかに吊り上がった。
「桐谷は優等生だったからの。……今は、どうしておる」
「仕事が忙しく剣からは離れていますが、腕は鈍っておりません」
「惜しいのぉ。……そして、この息子も惜しい。経験が足りんな」
康介が「そのために連れて参りました」と答えた直後、乾いた笛の音が響いた。
瞬、一本負け。
次鋒、凛。
相手の中村もまた、先鋒と同じく一歩も引かぬ「打ち切り」の剣道を見せる。
凛は得意の足さばきで翻弄しようとするが、逃げ道を塞がれるように追い詰められ、鮮やかな面を叩き込まれた。
(私の足さばきが……通用しない!?)
焦りから動きを激しくするが、それすらも読まれているかのように、二本目の竹刀が凛の脳天を捉えた。
「面あり! 勝負あり!」
「……お前の娘か」
「はい。幼少から叩き込みました。我がチームのムードメーカーです」
「上手いな。確かに技術はある。じゃが成瀬……あの子には、もっと正面から勝負させろ」
「……はい。肝に銘じます」
中堅、佐伯。
試合が始まって数十秒、宇佐美の目がわずかに細まった。
「……こいつは、なかなか良いな」
「はい。運動神経は人並みですが、自分の持てる手札でどう戦うかを、誰よりも考えております。一番の努力家かもしれません」
佐伯は、相手の猛攻を冷静に捌き続け、ついに引き分けに持ち込んだ。
副将、守屋。
宇佐美の眼光が、一段と鋭さを増す。
「こいつは……相当、やってきとるな」
「はい。実は、元は虎皇館にいた男です」
その言葉に、宇佐美が初めて微かに眉を動かした。
「なるほど……合点がいったわ。……じゃが成瀬、このチームはまだ、こいつを生かしきれておらんの」
康介の心臓が、大きく跳ねた。
「……っ、はい。五人の仲は良いのですが、まだ『個』の集まりに過ぎませんでした。……そこでしたか。最後のピースは」
康介は、師の言葉を骨に刻み込むように噛み締めた。
守屋、意地を見せて引き分け。
大将、大吾。
「成瀬、面白い奴を連れてきたのぉ」
宇佐美が、今日初めて楽しげな笑みを浮かべた。
「剣道歴は短いですが、情熱は誰にも負けません」
「もっと荒さを削れ。力が溢れすぎて制御が効いておらん。己の身体を御することさえ覚えれば、いずれ加賀谷と良い勝負をするようになるじゃろう」
だが、結果は非情だった。
大吾、二本負け。
スコア、三対零。
明鏡館の五人は、仁明館という「洗練された剣道」の前に、完膚なきまでに叩き伏せられた。




