第95話:静寂の行軍
凛が着替えの場所に戸惑っていると、中学生の女子選手が風のように駆け寄ってきた。
「女子は更衣室があります。こちらへどうぞ」
垂れには『中村』。
案内する背筋は一点の曇りもなく、指先の動作一つにまで洗練された美しさが宿っていた。
宇佐美館長が傍らの指導者に短く指示する。
刹那、重厚な太鼓の音が道場に響き渡った。
咆哮と衝撃に満ちていた空間が一瞬で静まり返り、五十人を超える剣士たちが一斉に竹刀を納める。
「……足音が、しない」
防具を着けながら、守屋が戦慄したように呟いた。
これだけの人数が試合の準備に動いているというのに、聞こえるのは袴が擦れる音だけだ。
誰一人として踵を鳴らさず、爪先で床を滑るように動いている。
その統制された静寂は、叫び声よりも雄弁に彼らの練度を物語っていた。
着替えを終えた凛が、中村と共に更衣室から戻ってきた。二人は親しげに言葉を交わし、すでに打ち解けているようにも見える。
だが、設置されたホワイトボードを見た瞬間、凛の表情が強張った。
仁明館、次鋒――『中村』。
そして大将には、あの案内役の『加賀谷』の名が記されていた。
仁明館の五人は、流れるような動作で試合場の側に整列した。
片膝をつき、竹刀と面を床に置く。
その所作の美しさに、佐伯が感嘆の溜息を漏らす。
「作法が、洗練されてますね……」
明鏡館の五人も、浮ついた心を強引に鎮め、整列した。
審判を務める高校生が前に出る。
「相互に、礼!」
ついに、幕が開く。
美しき洗練された「本物」たちとの、剣での対話が始まろうとしていた。




