第88話:邂逅
成瀬康介がその「野獣」を見つけたのは、春の新学期が始まったばかりの、ある放課後のことだった。
静かな路地裏から、低く鋭い言い争いの声が漏れてくる。通りすがりの康介がふと目をやると、そこには三人の若者が対峙していた。
「なんだてめぇ、俺たちが誰か分かって言ってんのか!」
学生服を着た二人組の一人が、声を荒らげて凄んでいる。対する一人は、がっしりとした体格の少年。彼は一歩も引く様子はなく、むしろ愉悦さえ浮かべていた。
「いいから掛かって来いよ。二人まとめて病院送りだ」
「高校生のケンカか……」
康介は見過ごすわけにはいかないと思い、止めに入ろうとした。だが、彼が足を踏み出した刹那、ケンカは始まっていた。
急いで駆け寄った時には、すでに手遅れだった。路上には、高校生らしき二人組が打ちのめされ、転がっていたのだ。
「そこまでだ。もう止めてやれ」
康介の鋭い制止の声に、少年がゆっくりと顔を上げた。
「なんだおっさん。てめぇもぶちのめされてぇのか」
少年は、獲物を狙う野獣のような鋭い眼光で、康介を真っ向から威嚇してきた。
康介は怯むことなく、まずは倒れている二人に駆け寄った。幸い大きなケガはなく、二人は康介の姿を見るなり這うように立ち上がり、一目散に走り去っていった。
康介は再び、立ち尽くす少年に向き直る。
「見事な身のこなしだが、力をひけらかすのは感心せんな。ボクシングでもやっているのか? 高校にバレれば謹慎処分だぞ」
「そんなもんやってねぇよ。見よう見真似だ。それに俺は中学生だ。まだ入学したてだよ」
少年は、意外にも隠すことなく吐き捨てるように答えた。
「中学生……? その体格でか」
康介は目を細めた。目の前の少年は、とても入学したばかりの中学生には見えない。先ほどの二人組は、間違いなく高校生だったはずだ。それを子供の喧嘩レベルで片付けてしまったというのか。
「しつけぇな。嘘なんか言ってねぇよ」
荒っぽい口調だが、その瞳に濁りはない。何も習わずにこれほどの動きができるというのなら、それは天性の資質だ。
「とにかく暴力はいかん。放課後にこんな場所をうろついているから、余計な揉め事に巻き込まれるんだ。早く帰れ」
康介はこれ以上関わらずに終わらせようとしたが、少年の次の一言が、彼の足を止めさせた。
「……帰ってもやる事ねぇんだよ。だから、俺より強い奴がいねぇか探してたんだ」
その渇いた声に、康介は確信した。
この少年を放っておけば、いつかその力に自分自身が焼き尽くされるだろう、と。




