第80話:首の皮一枚
副将戦、守屋の勝利。その瞬間、明鏡館のリードは「二勝一敗、本数で二本リード」に広がった。明鏡館サイドに、張り詰めていた糸が緩むような安堵の空気が流れる。
だが、その緩みを見逃さない男がいた。
「……浮かれるな。まだ終わってねえぞ」
面の中から、大吾が低く、地を這うような声で呟く。
リーグ戦形式の練習試合。もし大吾が二本負けを喫すれば、本数で並ばれ、チームとしての勝利は露と消えて引き分けに終わる。虎皇館Bチームにとって、それは「敗北」という最悪の屈辱を免れる、唯一残された蜘蛛の糸だった。
副将・新免が精根尽き果てて戻った時、虎皇館の陣営に重く沈んだ空気が漂っていた。大将は、失意の新免に視線一つ向けず、静かに立ち上がる。
(一本も許されない。二本取って、引き分けに持ち込む。……それ以外に、俺たちが生き残る道はない)
虎皇館の大将の瞳には、先ほどまでの悲哀はない。そこにあるのは、窮鼠が猫を噛むような、鋭く、危うい光。エリートとしてのプライドを捨て、生存本能だけで剣を握る者の狂気だった。
対する大吾に、康介が鋭い声を掛ける。
「大吾」
大吾は、面を被ったまま師の方へ向き直る。
「……まさか、引き分けにしろ、なんて言わないですよね」
大吾は、仲間の戦績を背負いながらも、自分個人の「渇き」を隠そうとはしなかった。
「俺がそんなことを言うと思うか? ……トドメを刺してこい!」
康介は、獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。
「おっしゃあ!」
大吾が両足で力強く床を踏みしめる。体育館の床板が鳴り、凄まじい気合いが振動となって周囲へ伝わっていく。
「始め!」
審判の宣告と同時に、虎皇館の大将が弾けた。
なりふり構わぬ猛攻。チームを救うため、そして自分の首を繋ぐために放たれる一撃が、大吾を襲う。




