第79話:最速の残像
二人の攻防は、まさに互角だった。
「あいつ……強い……」
瞬が、悔しさを滲ませて呟く。
「あれ程の男が、なぜBチームに……」
佐伯の冷徹な分析をもってしても、新免の持つポテンシャルの高さは測りきれなかった。
お互いに手の内を知り尽くしている。どちらかが仕掛ければ、もう一方が完璧に応じる。決定打のないまま、時間は無情に過ぎていった。
白線際。新免が体当たりのような強引な攻めで、守屋を場外へと押し出す。
「やめ!」
審判により試合が中断されたその刹那、守屋は間近で新免の目を見た。
そこには、かつての面影など微塵もない。どす黒い憎悪だけが、底なしの沼のように渦巻いていた。
――虎皇館時代。
厳しい稽古が終わった後の、静かな道場。
『守屋先輩、面の打ち方を教えてください!』
まだあどけなさの残る新免が、笑顔で駆け寄ってくる。
『面のスピードなら、俺より藤田の方が速いよ』
守屋は新免の将来を思い、適性を考えてそう答えた。
『守屋さんの打ち方がいいんです。それに……他の先輩は怖くて、なかなか……』
気まずそうに、けれど真っ直ぐに自分を見つめる後輩。
『……そうか。なら竹刀を持ってきな。一度だけだぞ』
優しく教える守屋と、それに応えようと必死に竹刀を振る、嬉しそうな新免がそこにはいた。
「始め!」
審判の声で、守屋は現実に引き戻される。
眼前の新免は、獣のような目でこちらを睨みつけている。
(なぜ、そこまで……?)
新免の猛攻が再開される。
(俺がいなくなってからも、お前たちはあの地獄で、必死に生き残ろうとしていたんだな……)
守屋の心に、深い悲しみが満ちてくる。
(逃げ出した俺が……仲間を捨てて、楽な道を選んだ俺が、そんなに憎いのか)
守屋もまた、ギアを上げる。
(だが……)
攻防が激化するほど、不思議と守屋の心は静かになっていった。
間合いが切れて、構え合う二人。
(ここで決める)
新免が、捨て身の覚悟を固めた。最速の面を打ち抜くため、右腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張する。それは、かつての憧れを超える決意の現れだった。
その覚悟を、守屋は肌で感じ取った。
(再びお前と剣を交えられたことに、感謝する。……新免、ありがとう)
対照的に、守屋の身体から力が抜けていく。
次の瞬間、二人の体が同時に弾けた。
二人の守屋による、最速の相面。
二本の竹刀は、全く同時に相手の面を捉えたかに見えた。
しかし、審判は見逃さなかった。力に囚われた新免の打突は、わずかに中心から外れていた。
パァァァァンッ!
赤旗。守屋の方に三本の旗が上がる。
「面あり!」
ピーーーッ!
同時に、笛が鳴り響く。
(なぜだ……俺の打ちが、守屋より遅いなんて。……もう、時間が、無い……)
新免は竹刀から右手を離し、絶望に打たれたように天を仰いだ。
審判が「ニ本目」の合図を出した直後に、試合終了の笛が鳴る。
「勝負あり!」
竹刀を収めて下がった新免は、まだ自分が負けたことを信じられない様子で立ち尽くしていた。
守屋は、静かに新免を見つめながら、深く、丁寧に礼をした。
(ありがとうございました)




