第7話:追憶と熱
明鏡館の静かな廊下。康介は独り、守屋の防具袋を見つめていた。
使い込まれたその道具を見ていると、数ヶ月前、審判員として招かれていた大会の空気が蘇る。
絶対王者『虎皇館』対、強豪『尚武道場』。
先鋒から中堅まで、息の詰まるような攻防が続き、勝負の行方は副将戦――守屋潤に託された。
守屋は一本を奪われ敗れたが、その内容は中学生離れした、見事なものだった。
だが、大会終了後の通路に響いたのは、虎皇館監督・大河内の怒声だった。
「名門・虎皇館の名を汚すなッ! お前の代わりなど、いくらでもいるんだぞ!」
勝利したはずのチーム。けれど、そこに喜びはない。
守屋はただ、石のように固まって罵声を浴びていた。
見過ごせず、康介は二人の間に割って入った。
「ちょっと待ってください、大河内先輩。その子はよく戦った。私から見ても、素晴らしい試合だった」
「甘いな、成瀬。相手が誰であれ、死んでも引き分けに持ち込めと教え込んでいる。それなのに、この馬鹿は……!」
大河内の視線は、人間を相手にするものではなかった。ただの「道具」を見る目だ。
「チームが勝つためには戦術も必要でしょう。ですが私は……」
康介は一歩踏み出し、少年の目をまっすぐに見つめた。
「……ただ私は、正々堂々と戦った、この子を褒めてあげたい」
守屋の身体が、かすかに震えた。
「行くぞ!」と踵を返した大河内の後を、守屋は操り人形のように追っていく。
だが、曲がり角を過ぎる直前。
守屋は一度だけ康介の方を振り返り、消え入りそうなほど小さな一礼を残した。
(……潰されなければいいがな)
あの日呟いた懸念が、現実となって目の前に現れたのだ。
*
――再び、現在の明鏡館。
師範室の古びたソファで、守屋は幽霊のように俯いていた。
正面には腕組みをする凛、その隣にはガサガサと袋を漁る遥。
「ほら、まずはこれ食べなさい。考えすぎて、脳みそスカスカでしょ」
遥が突き出したのは、安売りの板チョコだった。
銀紙を剥き、ひとかけらを守屋の口へ強引に押し込む。
「……むぐっ」
「いいから、食べなさい!」
有無を言わせぬお節介。
守屋の口内で、チョコレートがゆっくりと熱を帯びていく。
「…………っ」
舌の上で溶け出す、優しく、強烈な甘み。
負ければ価値がないと切り捨てられる日々。ボロボロになった心に、遥の無造作な優しさが染み渡っていく。
溶けるチョコと一緒に、こらえていた何かが決壊した。
守屋の目から、大粒の涙がぼたぼたと膝の上に落ちる。
「……あま、い、です……」
「当たり前でしょ、チョコなんだから。……凛、あんたも食べなさい。そんな怖い顔してたらチョコが苦くなるわよ」
「私は別に……。……いただきます」
師範室に漂う、チョコレートの甘い香り。
道場に満ちていた冷たい空気は、安物のチョコの熱に溶かされて、少しずつ消えていった。
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