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第76話:計算外の熱

 中堅戦。開始線に立つ佐伯さえきを、虎皇館こおうかんの中堅は無機質な眼差しで射抜いていた。

 彼らはBリーグでの佐伯の試合を徹底的に洗っていた。彼らが出した結論は一つ。

「緻密だが、怖くない」

 佐伯の剣道は罠を張り巡らせるが、決して無理をしない。スピードも勢いも、Aリーグの修羅場を潜ってきたエリートたちから見れば「無難な秀才」の域を出ない。

(考えさせる時間すら与えない。俺の圧力に、どこまで耐えられるかな)

 相手の脳内には、己の重圧に屈し、無様に下がる佐伯の姿が映し出されていた。

「始め!」

 審判の声と同時に、鼓膜を震わせるような咆哮とともに凄まじい圧力が佐伯を襲う。

 佐伯は冷静に対応しようとするが、相手の剣先の動きは速く、鋭い。こちらの「理」に付き合う気など毛頭ない。反射神経と野生に近い本能だけで間合いを詰め、暴力的な打突を繰り出してくる。

 一撃で決めに来るのではない。鋭い捨て技を放ち、二の太刀、三の太刀と息つく暇も与えず畳み掛ける。その猛攻に、佐伯は飲み込まれていくように見えた。

(あんな相手に、勝てるわけない……)

 りんは、涙でぼやける視界で防戦一方の佐伯を見守っていた。自分が負けたせいで、チームの士気が下がっていく。追い詰められる佐伯の姿に、罪悪感と絶望で胸が締め付けられ、直視できなくなる。

 その時だ。

 ――パァァァァンッ

「小手あり!」

「よっしゃあ!」

 しゅんの弾けるような声が響く。

「流石だね」

 守屋もりやの落ち着いた、だが確信に満ちた声も続く。

 凛が慌てて涙を拭い、試合場に目をやると――赤旗を鮮烈に掲げている審判の姿があった。

「えっ、なんで……?」

 凛が呆然と呟く。

出小手でごてだよ」

 大吾だいごが、不敵な笑みを浮かべて答えた。

「相手が力技で来れば来るほど、動きは単調になる。タイミングさえ掴めば、佐伯にとってあんなの格好のマトだ。凛、顔を上げて佐伯の姿をしっかり見な」

「二本目!」

 自分の圧に屈しないどころか、最小限の動きで仕留められた虎皇館の中堅が、明らかな動揺を見せる。

 今度は、佐伯のターンだった。

 静かなる猛攻。

 それは、いつもの冷静な佐伯とは違っていた。合宿で培った、身体が勝手に反応するまでの反復練習。攻めて、崩して、打突する。一つ一つの動作に一切の無駄がなく、繊細かつ冷徹な剣先が、相手の防御を切り刻んでいく。

 完全に場を支配した佐伯はこのチャンスを見逃さない。

 パァーーンッ!

「面あり! 勝負あり!」

 礼を終え、戻ってきた佐伯に、凛が震える声で呼びかけた。

「……ありがとう……」

 凛の前を通り過ぎる際、佐伯は少しだけ照れくさそうに、だが熱っぽく呟いた。

「私としたことが……少々、熱くなってしまいました」

「……あの猛攻、よく凌いだな。怖くなかったのかよ」

 瞬の言葉に、佐伯はふっと口角を上げた。

「何を言ってるんですか。ウチの道場には、あれよりよっぽど激しい男がいますからね」

 佐伯は、腕を組んで鼻を鳴らす大吾の方を見て、静かに笑った。

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