第75話:柔よく剛を制す
身体の痺れは、もう引いていた。
防具が衝撃を逃がしてくれたおかげだ。だが、内側の動揺までは消せない。
対峙する虎皇館の次鋒の目は、確信に満ちていた。凛の非力さを、その「底」を見極めたという傲慢な確信だ。
間髪入れず、相手の連続技が襲い来る。
鋭い小手から面への渡り。
パァンッ、と乾いた音が響き、凛の右手が竹刀から弾き飛ばされそうになる。
(あ……っ)
握力が限界に近い。だが、凛はかろうじて左手一本で柄を握り締め、相手の面を物理的に防いだ。
――情けない。
真っ向から受け止めることすらできない自分の弱さが、視界を滲ませる。
「凛! 『体捌き』を使え!」
康介の鋭い指令が飛んだ。その言葉に、凛の思考が跳ねる。
(……そうだ。真正面から受ける必要なんてない。……さぁ、もう一度来なさい!)
凛はあえて、自慢の足さばきを止めた。
それを「スタミナ切れ」という絶好のチャンスと見た相手は、形だけの打突を繰り出した後、再びあの岩石のような「体当たり」で凛の体躯を粉砕しにかかる。
「足が止まった!? 危ない、凛!」
瞬の悲鳴のような叫びが響く。
相手の巨躯が凛に接触した、その刹那。
凛の身体が、独楽のように鋭く反転した。激突のエネルギーを真っ向から受けるのではなく、その軌道を逸らすように、最小限の予備動作で「横」へと受け流す。
凛を吹き飛ばそうと全速力で突っ込んだ相手の力は、行き場を失い、慣性のまま前のめりにバランスを崩した。
(引っかかった……! 覚悟しなさい!)
崩れた相手の側面に、凛の竹刀が全力で振り下ろされる。会場の誰もが、完璧な「一本」が決まると確信した。
しかし。
重い衝撃音が、相手の「肩」で止まった。相手は自分が崩れたと同時に、驚異的な反応で首を捻り、致命打となる面を肩で受けていたのだ。
虎皇館Bチーム。彼らもまた、数々の修羅場を潜り抜け、大河内の過酷な選別を生き残ってきた精鋭だ。その身体には、「負けを拒否する」本能が染み付いていた。
ピーーーーッ!
無情にも、試合終了を告げる笛が鳴り響く。
凛は、打突の姿勢のまま固まっていた。あと数センチ。あと一瞬。その差が、Aリーグという世界の絶望的なまでの深さだった。
次鋒戦、敗北。スコアは、一敗一分。
凛は震える足で、相手と礼を交わす。肩で受けて致命打を避けた虎皇館の次鋒は、面金の奥で、命拾いをしたかのように荒い息をついていた。
「……ごめんなさい」
戻ってきた凛の目から、一滴の涙がこぼれ落ちる。
それを迎えたのは、眼鏡の奥で静かに、だが熾火のような熱を宿した佐伯の瞳だった。
「……謝る必要はありません。貴女が見せたその『勇気』……私が、引き継ぎます」




