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第74話:重心の崩壊

 りんが刻むリズムは、さらに加速する。

 だが、ただ速いのではない。相手が「次に来る」と確信した刹那、その予測の数ミリ横を、コンマ数秒のズレを突いて竹刀が走り抜ける。

(……いける。私のリズムに、相手がついて来れなくなっている……!)

 虎皇館こおうかんの次鋒の剣先に、明らかな迷いが生じていた。

 凛の不規則な鼓動を処理しきれず、オーバーフローを起こしている。予測できない対象を前に、精密なマシーンはただの「反応の遅い木偶でく」へと成り下がっていた。

 勝負を決めにかかる凛。その鋭い踏み込みに、相手が選んだのは「技術」による応対ではなかった。

(……えっ?)

 相手が、狙いの定まらない軌道で竹刀を振りながら突っ込んできたのだ。

 「正しい打突」を解析し続けてきた凛にとって、その「狙っていない打突」は、予測の外側にあるノイズだった。

 困惑した凛がさばこうとした瞬間、相手の身体が猛然と密着する。

 つば迫り合いに持ち込むための、強引なクリンチ。だが、その密着した刹那――凛の視界が、激しく火花を散らした。

 首から胴にかけて、岩石が衝突したような凄まじい衝撃。

 相手は密着の瞬間、全身のバネを使い、非力な凛を真っ向から「体当たり」で突き飛ばしたのだ。

 体重差を活かした、容赦のない崩し。

 凛の細い体は、木の葉のように後方へと吹き飛ばされる。体勢が完全に死に、視界が回る中、凛の目に映ったのは――無機質な面金の奥で、冷徹に機会を狙っていた相手の瞳だった。

 パァァァァン!

 崩された直後。相手の放った「引き面」が、無防備になった凛の脳天を正確に射抜いた。

「面あり!」

 審判の旗が、鋭く上がる。

 床に叩きつけられた凛は、何が起きたのか理解できず、ただ荒い息を吐きながら天井を見上げていた。

「……汚ねえぞ!」

 大吾だいごが身を乗り出して怒鳴る。

「いや……反則じゃない」

 佐伯さえきが、苦渋に満ちた表情で眼鏡を直した。

「体当たりで相手を崩し、その瞬間に打つ。……正当な技術だ」

 凛は震える手で床を突き、ようやく立ち上がった。首から肩にかけて、痺れるような痛みが走る。

 虎皇館は、理論で勝てないと悟った瞬間、迷わず「力」による蹂躙じゅうりんへとシフトする。その冷徹なまでの勝利への執念。

「二本目!」

 審判の声が、残酷に響く。

 凛の「リズム」という魔法が、虎皇館の「暴力的な合理性」によって、無残に打ち砕かれようとしていた。

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