第72話:執念の軌跡
開始線に戻る瞬の足元は、まだわずかに震えていた。
だが、その瞳には一本取られる前のような迷いはない。
(そうだ……理屈じゃねえ。俺のこの『攻め』は、父さんも認めてくれたんだ)
背後に流れる康介の気配。そして、かつて自分を信じてくれた父の言葉。それらが混ざり合い、瞬の体幹に一本の太い芯を通す。
「二本目!」
審判の鋭い声。
瞬は心の中で、自分自身に刻み込むように動作を反芻した。
(左足で床を掴む。腰から右足を、前へ。じわりと。……そして、素早く!)
バンッ!
床が鳴った。瞬の右足が、これまでで最も力強く、深く、虎皇館の聖域へと踏み込む。
一本取って守りに入ろうとしていた相手の脳裏に、初めて「予測不能」の警報が鳴り響く。反射的に手元を上げ、完璧な面防御の構えを取る相手。
(そこだぁっ!)
瞬の竹刀が、最短距離の面の軌道から、強引に円を描いて横へとスライドした。
それは、美しくない、だが殺気あふれる変則的な軌道。真横を向いた相手の竹刀と平行に、無理やりその隙間に滑り込ませる。
鋭く、確かな打突音が会場に響き渡った。
「小手あり!」
「よっしゃあ!」
大吾の咆哮が、静まり返っていたAリーグの空気を切り裂く。
「……無理やり、ねじ込みましたね」
佐伯が、眼鏡を押し上げながら大きく息を吐き出した。計算では導き出せない、純粋な出力の勝利。
「執念の一本だ。よく食らいついた」
守屋の言葉に、チームの士気が爆発的に跳ね上がる。
勝利を確信していた相手の顔が、初めて屈辱と悔しさで歪んだ。
「勝負!」
勝負を決めようと死に物狂いで牙を剥く虎皇館。だが、一本をもぎ取った瞬の集中力は、その猛攻に屈しない。
ピーーーーッ!
無情にも鳴り響く、時間切れの笛。
「引き分け!」
審判の宣告と共に、瞬の身体から一気に力が抜けた。防具の奥で、心臓が爆音を立てている。
「……ギリギリだった……」
瞬の背筋を、冷たい汗が伝う。勝てなかった。だが、虎皇館から「一本」をもぎ取り、絶望の淵から生還した。
瞬が戻ると、康介が短く、だが誰よりも重い一言を投げかけた。
「……繋いだな。次、凛。相手の『計算』は今、確実に狂い始めているぞ」
次鋒・凛が、静かに、だが鋭い闘志を宿して前に進む。
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