第70話:修羅の門
Aリーグ第一試合、虎皇館B対明鏡館。
そこだけ、空気の密度が違っていた。
音が、遠い。隣の試合場の激しい踏み込みも、審判の掛け声も、まるで厚い膜の向こう側の出来事のように感じられた。
「……なんだ、ここ」
大吾が、喉の奥で低く呟いた。
「見られてる」
凛が短く答える。
値踏みする目、測る目、そして不適格な者を切り捨てる目。Aリーグに立つ者はすべて、互いを選別する側に回っている。そこには「楽しむ」という感情の入り込む隙間などなかった。
虎皇館Bチームの陣営で、新免が鋭い声でチームメイトに気合を入れる。
「裏切り者を叩き潰すぞ!」
「「「おうっ!」」」
四人の声が、地を這うような低い地鳴りとなって重なる。
対する明鏡館。康介が短く、だが魂を揺さぶるように喝を入れた。
「お前たちの剣道を見せてやれ!」
「「「はい!」」」
五人の意思が、一つの塊となって膨れ上がった。
先鋒、瞬。
(一瞬たりとも、気を抜けない)
礼をする前から、勝負は始まっている。蹲踞し、立ち上がる。
「始め!」
腹の底から絞り出すような発声が空気を震わせた。
(気持ちで負けるな。前に、前へ出るんだ!)
瞬が、鋭く間合いを詰める。
だが、瞬の竹刀が交差した瞬間、相手は最短距離でその剣先を捌いた。
即座に切り返される相手の攻め。
(くっ、展開が早い!)
瞬は反射的にバックステップで間合いを切るが、相手は逃がさない。激しい攻め合いの中で、わずかな有利を奪い合う、緻密で過酷な情報のやり取りが続く。
瞬が、わずかに重心を沈めた。
(ここなら――届く!)
狙うは、一瞬の隙をついた面。
しかし――。
パァンッ!
乾いた音と共に、瞬の面金に相手の剣先が突き刺さるように当たった。
「あぶねぇ!」
大吾が叫ぶ。
「……得意の出頭を、逆に打たれた」
佐伯が、信じられないものを見るように眼鏡の奥の目を細めた。
瞬の額に、冷や汗が浮かぶ。
打突こそ外れたものの、自分の「最高のタイミング」を完全に読まれていた。
(あの体勢から、出頭を合わせるのか……? 迂闊に間合いに入れない)
相手は、無表情のまま構え直す。
そこにあるのは、明鏡館を徹底的に解析し、その「牙」を一本ずつ折るために最適化された、戦術だった。




