第67話:観る者の剣
副将戦。
守屋が、静かに開始線へ歩み出る。その足取りに、無駄は一切ない。
対峙する相手は、ここまで無敗の副将。体格、気迫、構え――どれを取っても隙がない。
「始め!」
声と同時に、両者が間合いへ入る。
だが――動かない。数秒。さらに数秒。観客席がざわめく。
「……なんだ? 動かねぇぞ」
大吾が眉をひそめる。しかし、佐伯だけは違った。
「……いや、観ている」
その言葉の通りだった。守屋の視線は、相手の竹刀ではない。足でもない。もっと奥――**“起こりの前”**を観ている。
(呼吸、重心、意識の向き……)
相手のわずかな変化を、削り取るように拾う。一方、相手もまた同じだった。
(この男……観ているのか?)
互いに理解する。これは“打ち合い”ではない。“崩し合い”だ。
スッ――。
相手の右足が、わずかに動く。
(来る)
守屋の中で緊張が高まる。だが――打ってこない。誘いだ。
誘いに乗らない守屋に、相手の「焦り」が観えた。
(……今だ)
守屋の身体が、ほんの数センチ前に出る。そこを隙と観て、待機していた相手が起こりを打ち抜こうと面へ跳ぶ。だがその瞬間、守屋の身体はすでに相手の視界から――消えていた。
――パァァン!
「胴あり!」
静寂を切り裂く、抜き胴。観客席が遅れてどよめく。
「……え?」
凛が目を見開く。
「返し胴じゃなくて、抜き胴……?」
「見切っていたんです。打つ前に、勝負が決まっていた……」
佐伯が、低く答える。
二本目。相手の圧が跳ね上がる。完全に自分の『面への打突』が見抜かれたことへの焦燥。
飛び込み小手。だが――。
(やっぱり来た)
守屋の中で、すでに予想していた技。相小手面。鋭い二連打が、再び静寂を裂いた。
「面あり! 勝負あり!」
試合終了。礼。
相手は動かない。面の中で、理解が追いついていないのだ。
「……なぜ、読まれた……」
絞り出すような相手の声。守屋は一瞬だけ視線を向けてから、背を向けた。
チームへ戻る守屋。誰もすぐに声をかけられない。
「……おい」
大吾が低く言う。
「お前、強くなってねぇか?」
守屋は軽く肩をすくめた。
「同じだよ。ただ――」
一度だけ、Aリーグの方を見る。
「この空気が、懐かしく感じる」
Aリーグ試合場から、新免が腕を組んだまま、無言で見つめていた。その目だけが、わずかに細くなる。
「……あれが、今の守屋さんのチームか。正直、Bじゃ止まらないな」
試合は進む。残るは大将戦。
空気はすでに変わっていた。これはもはや“勝てるかどうか”ではない。自分たちの剣がどこまで通用するか。その領域に、明鏡館は足を踏み入れていた。
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