第66話:揺らぎの中の均衡
次鋒戦。
凛が静かに開始線に立つ。
(さっきの相手……瞬に一本取った)
頭では冷静に整理している。だが、身体の奥にわずかな緊張が残っていた。
対峙した相手は、小柄な選手だった。
「始め!」
凛が攻め込むと同時に、相手も出てくる。二人の竹刀が交差する瞬間、相手の竹刀が滑るように方向を変え、凛の小手に迫る。
(危ない……!)
紙一重でかわしたが、完全に主導権は握られていた。
凛は理解する。
(このくらいじゃ、居着かない)
相手は凛の攻めに対して臆することなく前に出てくる。
(焦るな……観ろ)
相手の足。重心。剣先。その全てが、無駄なく連動している。
(でも――)
凛の視線が鋭くなる。
(完全じゃない)
ほんの一瞬、相手の頭が動く。そのわずかな「起こり」に踏み込む。
「――面!」
パァァン!
「面あり!」
一本。だが凛は笑っていなかった。
入った。でも、確信して打ったわけじゃない。そこが弱点だと予想して、賭けに出ただけだ。
二本目。相手の圧がさらに増す。
受けに回り、捌き、崩され、押し返す。均衡が崩れないまま時間が流れる。
「やめ!」
一本勝ち。だが、コートを出た凛に守屋が静かに言う。
「いい判断だった。でも――」
「うん、わかってる。危なかった……」
これまでとは違う。一本を取っても、勝った実感がない。支配できていないのだ。
中堅戦。佐伯が前に出る。
眼鏡の奥の瞳が、いつも以上に鋭く細められていた。
「……なるほど。ここは、“理”の精度を測る場所ですか」
開始線に立つ。相手もまた、微動だにしない。
その静寂の中で、情報だけが高速でやり取りされていた。
(読み合いの密度が違う)
佐伯が一歩踏み込む。同時に、相手の剣先がわずかに動く。
(そこだ)
パァン!
「小手あり!」
先取。だが――手応えが軽い。相手は崩れていない。
二本目。今度は相手が来る。精密な軌道、無駄のない体重移動。
パァァン!
「面あり!」
取り返される。佐伯がわずかに息を吐いた。
「……興味深い」
三本目。完全な五分。どちらが先に“確定解”を掴むか。
そして――わずかな迷い。それを突いたのは、相手だった。
パァン!
「小手あり! 勝負あり!」
佐伯、敗北。
「……マジかよ」
大吾が低く呟く。明鏡館、初の黒星。
だが佐伯は、悔しさよりも分析を優先していた。
「なるほど……“正解”の速度が、こちらより一手早い」
守屋が頷く。
「いいね。ようやく、“上”に来た実感がある」
Bリーグ。ここは、“勝つだけでは足りない場所”だ。
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