第57話:一人の剣士として
自主稽古を終え、二人は道場を後にした。
鍵をかけ終えた凛に、瞬が慌てた様子で呼びかける。
「凛、悪い、もう一回開けてくれ。トイレ!」
「……はぁ? あんたねぇ」
数分後、スッキリした顔で戻ってきた瞬に、凛は鍵を回しながら少し意地悪な笑みを浮かべた。
「ちゃんと『中』でできるようになったわね」
「……もう、あの時のことは言うなよ。反省してるし……」
ガックリとしなだれる瞬を見て、凛はふっと笑みを消し、夕焼けに染まる空へ視線を逃がした。
「……あの時は、キツイこと言ってごめん。あんな言い方、なかったわよね」
「いや、あれは俺が全面的に悪かったから」
「私ね……また『成瀬先生の娘』だからって思われるのが嫌だったの。外部の人は、私の剣道を見ないで、お父さんの名前ばっかり出すから……」
強気な凛が見せた、意外なほど小さな声。その横顔に、瞬は戸惑いながらも真っ直ぐに応えた。
「俺、そんなこと一度も考えたことないぞ」
「え……?」
「初めて稽古した時、ボコボコにされてさ。悔しくて、絶対凛より強くなってやるって、そればっかり思ってた。……成瀬先生の娘だからじゃなくて、凛が強いから勝ちたいんだ。それに今は、色々教えてもらって感謝してるし」
瞬の言葉は、何の裏も、計算もない本心だった。
凛は大きく目を見開いた後、真っ赤になった顔を隠すように、足早に歩き出した。
「……バカね、同じ道場にいるんだから当たり前でしょ」
その後ろ姿を追いかけながら、瞬は気づいていなかった。
自分が凛にとっての、かけがえのない「理解者」になっていたことに。
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