第56話:気配の正体
「……じっとしてらんねぇよ」
リビングで横になっていた瞬は、跳ねるように起き上がった。頭から離れないのは、昨夜の父と康介の立ち合いだ。強くなるには積み重ねが必要だ。だが、その「天井」を少しでも近くに感じたかった。
*
「凛、瞬が稽古したいらしい。俺は用事があるから鍵を開けに行ってくれ」
康介に言われるがまま道場の鍵を開けに来た凛は、不機嫌そうに唇を尖らせていた。
「まったく、先生に休めって言われたのに」
憎まれ口を叩きながらも、その足取りは軽い。
「悪いな。でも丁度良かった。ちょっとだけ付き合ってくれよ」
二人は防具を着けず、道着姿で構え合った。
「あんた、間合いが遠くてもちゃんと構えなさいよ。……それじゃあ格好だけ。『心構え』ができてないわ」
「心構え? わかるのか、そんなこと」
「なんて言うか……雰囲気? 相手が『打ちたい』ってそわそわしてる雰囲気って、伝わってこない?」
瞬の脳裏に、かつて老師が言った言葉が蘇る。
『観の目強く、見の目弱くじゃ――』
「……それだ! 動き出す前の雰囲気。守屋が青原中との試合の後言ってたのは、そこを観ていたんだ!」
「なるほど……。身体の動きじゃなくて、その前にある雰囲気を『気』として捉えるわけね」
瞬は頭をぐしゃぐしゃに掻いた。
「ああ、もう! やること多すぎる!」
「いいじゃない。とりあえず、相手の『雰囲気』を感じ取ってから踏み込む練習よ」
静まり返った道場に、二人の竹刀の音と、鋭い踏み込みの音が響き始める。
それは、誰に命じられたわけでもない。自分たちの意思で歩み始めた「理」の第一歩だった。




