第55話:託される者
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「裕一、久しぶりに一本、やらないか」
康介のその一言で、道場の温度が数度下がった。合宿を終えたばかりの六人が、疲労を忘れて息を呑む。
「今からか?……まあいい、一本勝負だ」
裕一が静かに応じ、二人が道場の中央へ歩み出る。
蹲踞から立ち上がった瞬間、爆発的な「気」がぶつかり合った。
「ーーーーーーーッ!!」
地鳴りのような咆哮。それは瞬たちが発していた「声」とは次元が違った。鼓膜ではなく、魂を直接揺さぶるような咆哮。
竹刀が触れるか触れないかの距離、いわゆる「触刃の間」。二人は石像のように動かない。だが、その圧力はお互いを飲み込もうとしている。
「あんなに遠い間合いから……もう、攻め合いをしている……」
佐伯が震える声で漏らす。
康介の剣先が、ミリ単位で裕一の喉元を突く。裕一はそれを、わずかな剣先の上下だけで「殺して」いた。先に動いた方が、その瞬間に斬られる。そんな極限の膠着状態が、永遠かと思われるほど長く続いた。
スッ――。
康介がわずかに右足を出し、攻めに転じようとした刹那。待っていたと言わんばかりに、裕一の竹刀が康介の竹刀を「上から抑えた」。打たせない。動かせない。
(……っ、成瀬先生に攻めさせない)
瞬が目を見開く。
膠着を破ったのは、裕一の動きだった。康介が息を吐ききった瞬間、予備動作のない体重移動。裕一の身体が、まるで空間を飛び越えたように康介に迫る。
裕一の竹刀が真っ直ぐに康介の脳天を割る――かに見えた。
だが、康介は息を吸うことさえ捨てていた。肺に残ったわずかな空気を使い、身体を無理やり前へ送り出す。死中に活を求める、狂気じみた「相面」。
二人の竹刀が激突する。そこからは、もはや瞬たちの理解を超える技の応酬だった。
「小手!」
康介が隙を突くが、裕一は手元をさらに上げてかわし、そのまま振り下ろす「すかし面」。康介は瞬時に懐へ飛び込み、それを無効化する。
「あの一瞬で、あんな技を……」
瞬は父の底知れぬ強さに震えた。
再開。裕一が一歩踏み込む。
康介はそれを「面」への誘いだと直感した。だが、誘いだと分かっていても、打たずにはいられない「隙」がそこにあった。
「おおおおお!」
康介が誘いに乗り、身体を前に傾ける。裕一の竹刀が、上から迎え撃つように「出頭」の軌道を描く。
勝負あった――そう思った瞬間。
康介の身体が爆発したように飛び出した。誘いに乗ったフリをして、裕一の出頭が届くよりも早く、その執念が裕一の面金を叩き伏せたのだ。
パァァァーーン!
「……参った」
裕一が静かに竹刀を収めた。
「また始めろよ、裕一。これだけできるのに、剣を置くのはもったいねえだろ」
康介が荒い息のまま、不敵に笑う。
「……大人の事情というやつさ。私には私の戦うべき場所がある。お前に勝つという目標は、息子に預けるよ」
裕一は、呆然と立ち尽くす瞬を、優しく、そして一人の剣士として真っ直ぐに見つめた。
「俺を倒す相手を、俺が育てるのか。……ハッ、最高に面白いな」
康介と裕一。二人の視線が瞬へと注がれた。
「なんか……見られてる……何話してるんだ……」
冷や汗を流す瞬の隣で、遥が誇らしげに胸を張る。
「大人の話よ」
合宿編が終わり、ようやく明鏡館のバックボーンが完成しました。
ここから物語は熱い展開に加速します!
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