第44話:削岩の音
「すぐ防具をつけろ。三日間しかないんだぞ!」
康介の短い号令が飛んだ。杉森が戸惑う暇すら与えられない。瞬たちは慣れた手つきで面をつけ、道場内は一瞬にして「戦場」の匂いに変わった。
「杉森、お前は基本の素振りだ。鏡の前から動くな。他の者は二人組でパターン稽古。余った者は俺に掛かってこい」
最初のメニューは攻めの型を繰り返す。その後に、康介へ無心で打ち込む「変則掛かり稽古」だ。
「瞬、来い! 攻めて攻めて攻め抜け!」
「はいっ!」
瞬が間合いに入った瞬間、康介が鋭く攻める。
「考えたな。今、俺のどこを打つか考えた。そのコンマ数秒が命取りだ。もう一度!」
打っては戻り、戻っては打つ。康介は打たせてはくれない。隙を見せた瞬間に、康介の竹刀が瞬の面に突き刺さる。一時間が経過した頃、道場内の湿度は飽和状態に達していた。
瞬の視界は汗で遮られ、肩は激しく上下している。大吾が咆哮を上げ、凛は歯を食いしばって康介の打ちを凌ぐ。佐伯はもはや計算する余裕もなく、ただ無意識に竹刀を振っていた。
鏡の前で素振りを続ける杉森は、その光景に言葉を失っていた。自分が知っている「スポーツ」ではない。これは、身体から余計な思考を削ぎ落としていく、削岩のような作業だ。
「よし、一旦面を外して水分補給。五分で始めるぞ」
杉森が急いでお茶を運び、「休憩を入れるなんて優しいですね」と呟く。
「優しいもんか。パフォーマンスを落とさないよう、常に全力で動かせるための管理だ」
佐伯が肩で息をしながら吐き捨てた。
「考えたね……これはキツイ」
流石の守屋も疲弊している。
繰り返し行われるメニューに、瞬の意識は朦朧としていた。
(……考える……暇がない……目の前の相手を、打つんだ)
瞬の身体が、無意識に一歩踏み出した。
――パァン!
「よし、今のだ!」
康介の声が響く。だが、たった一本だ。まだ身体は覚えていない。
「成瀬先生は化け物か……動きに無駄がないから、体力が削られないんだ」
佐伯の言葉に、大吾も「あんな先生、初めて見た」と戦慄していた。
「あと一時間だ、面を付けろ! 」
「はい!」
午前最後の一時間が始まる。




