第43話:思考の省略
「……今日から三日間、この道場がお前たちの家だ」
康介の宣言と共に、道場の入り口には大量の寝袋と、保護者たちが持ち寄った食材が積み上げられた。台所からは遥たちが野菜を切る小気味よい音が響き、道場内には夏特有の熱気と、使い込まれた防具の匂いが混じり合う。
「……逃げ場がないな」
瞬が、非日常的な光景に圧倒されて呟く。
「当たり前でしょ。三日間、一歩も外へ出さないって、お父さんが言ってたわよ」
凛が道着の袖を捲り上げながら、場を引き締めた。
そこへ、一台の軽自動車が止まった。
「もうみんな集まってる」
慌てて飛び出してきたのは、杉森だった。竹刀袋を抱え、走ってくる。
「杉森くん!? なんでここに」
驚く瞬に、杉森は膝に手をついて肩で息をしながら、満面の笑みで答えた。
「親に……頼んで入門させてもらったんだ! 早川先生も、明鏡館なら鍛え直してもらえるって、許可をくれたよ!」
「そうなの、お父さん?」
「……まあな。人数が増えるのは、お前たちも嬉しいだろうと思って黙っていた」
康介の不敵な笑みに、全員が絶句する。
「そりゃ嬉しいけどさ……」
「よりによって、最初がこの合宿なんて」
守屋と佐伯が、同情の入り混じった視線を杉森に向けた。
杉森は背が低く、線も細い。お世辞にも体力があるようには見えなかった。
「杉森くん、本当に大丈夫……?」
凛の心配そうな問いに、杉森は顔を赤くしながらも気合を入れ直す。
「大丈夫です! 頑張りますので、皆さんよろしくお願いします!」
「はっはっは! これで偶数だ。二人一組の稽古で余らなくていいな。でかしたぞ、杉森!」
大吾が豪快に杉森の背中を叩く。杉森が「ぶっ」と吹き出したが、大吾は構わず笑っていた。
「大吾さん、稽古のことしか考えてないんだから……」
凛が呆れる中、康介が鋭い拍手を一つ鳴らした。
空気が一瞬で凍りついた。康介の眼光が、新入りの杉森すら射抜く。
「よし、全員揃ったな。始めるぞ」
康介のテーマ説明が始まった。
「この合宿のテーマを説明する。お前たちは『攻め』によって相手を崩す事を理解し始めた。……次は、頭で考えることをやめてもらう」
六人の顔に驚きが走る。
「面を打とうと決めて攻めるな。一つのことだけを考えて間合いを詰めれば、相手が予想外の動きをした時に対応が遅れる。かといって、動いてから考えていては間に合わない」
「……じゃあ、どうすれば?」と瞬。
「隙が見えた瞬間には、もう打っている。そういう身体にするんだ。思考を通さず、身体が勝手に反応するまで叩き込む」
「そんなことが、可能なんですか?」
佐伯が眼鏡を押し上げながら問う。
「思い出してみろ。無我夢中で取った事のある一本を。あれは頭で考えたのではなく、身体が反射した瞬間だ。……強豪校が膨大な練習量をこなすのは、この『思考の省略』を自動にするためだ」
守屋が深く頷いた。
「理合いを頭で理解した上で、身体に刻み込む……。それが、本物の強さなんですね」
「ああ。この三日間で、お前たちの身体を書き換える。覚悟しろよ」
「はい!」
六人の返事が、熱を帯びた道場に鋭く響いた。杉森の少し震えた声も、その中に混じっていた。
読者の方にわかりやすく、入り口を広げるために、本日よりタイトルを変更しました。中身は変わりませんので引き続きよろしくお願いします!




