第42話:絶対王者の孤独と、地獄の足音
明鏡館が熱気に包まれていたその頃。
県内最高峰、虎皇館の道場には、全国から名を轟かせる強豪たちが集結していた。
北の「暁武剣志会」、東の「叢雲道場」、西の「蒼龍館」。
道場内は、真夏とは思えないほどに張り詰めた殺気が満ちている。
「そこ! 引くなぁッ!」暁武の監督が怒鳴り。
「足を止めるな!」蒼龍館の監督が叫ぶ。
一進一退の攻防。勝者と敗者が目まぐるしく入れ替わる。その光景を見る虎皇館の師範・大河内に叢雲の監督が話しかけた。
「さすがは大河内先生だ。これほど厳選された道場同士で剣を交えられるのは、貴重な経験ですよ」
「……力の無い相手と戦っても稽古にはなりませんから。こういう極限の勝負こそが、選手を研ぎ澄ますのです」
大河内は表情ひとつ変えず、冷徹に言い放った。そこには「教育」ではなく「選別」の空気が漂っていた。
一方、明鏡館道場。
瞬たちは、守屋から語られる「敵の正体」に息を呑んでいた。
「敵を知り、己を知れば……ですね」
佐伯が眼鏡を押し上げる。守屋は頷き、一人ひとりの特徴を挙げた。
「先鋒・藤田。小柄だが異常な筋力で、どんな体勢からでも面を届かせる瞬発力とスピード。次鋒・樋口。打たせない技術に長け、相手が焦れて崩れた瞬間を正確に拾う『捌き』の達人。そして中堅・大月。剣道一家のサラブレッドで、隙も崩れもない基本の怪物……」
守屋の言葉に、凛が言葉を失い、佐伯がシミュレーションの果てに溜息をつく。
「厄介ですね……」
「俺が抜けた副将には、おそらく新免。……よく俺の真似をしていたよ…」
守屋が寂しそうに言う。
「そして、大将。……鷹司だ」
守屋の瞳が、ふと遠くなった。
「あいつは、大河内先生の最高傑作だ。……昔はあんなじゃなかった。よく笑り、誰よりも母親が大好きで、勝つと喜んでくれる母親の顔が見たくて、竹刀を振っていたんだ」
「あいつが……?」
大吾が驚きを露わにする。守屋は静かに続けた。
「……母親はいなくなった。理由もわからず、新しい家族ができたという噂だけを残してね。それからだ、彼が笑わなくなったのは。自分が勝てば、いつか母親が帰ってきてくれる……。そう信じて、勝ち続けることでしか自分の居場所を証明できなくなったんだ」
場が凍りついた。鷹司の勝利への執念は、憎しみではなく、想像を絶する「孤独」から来るものだった。
かつて「逃げた自分」を恥じていた瞬は、今、別の痛みに胸を締め付けられた。
「……親が喜ぶのは、試合に勝つからじゃないのよ」
不意に、凛とした声が響いた。
振り返ると、扉の前に遥が立っていた。
「お通夜みたいな顔して。試合に勝って嬉しそうな『あなたたちの顔』を見るのが、親は嬉しいのよ。勝ったから愛されるんじゃない。そこに愛があるから、勝ちを一緒に喜べるの」
遥の言葉に、守屋が、そして凛が、それぞれの親の顔を思い浮かべた。
「剣道は人を悲しませる道具じゃない。交剣知愛……それを、あなたたちが教えてあげなさい」
「……まずは、勝ってから教えてやらねえとな」
大吾が拳を握る。凛も小さく笑った。
「勝つことがすべてじゃないってことを、勝って教えるわけ? ……いいわね」
その様子を黙って見ていた康介が、ようやく口を開いた。
「勝利の先に見える景色もあるが、負けからしか学べないこともある。……負けた苦しみを知るからこそ、相手を大事にできる。瞬、お前ならわかるな?」
「……はい」
瞬は、かつての泥沼を思い出し、力強く頷いた。
「よし。なら、夏合宿、やるか?」
康介の不敵な問いに、大吾が食い気味に答えた。
「やるっす! 楽しそうだし!」
「……楽しそう、か」
康介がニヤリと、猛禽のような笑みを浮かべた。
「いいだろう。地獄のメニューを用意してやる。覚悟しておけ」
明鏡館の夏が、今、産声を上げた。
読者の方にわかりやすく、入り口を広げるために、本日よりタイトルを変更しました。中身は変わりませんので引き続きよろしくお願いします!




