第39話:形と理(ことわり)
「副将、前へ!」
守屋が、いつもの柔和な笑みを浮かべて立ち上がった。
「はじめ!」
青原中の副将は、前3つの敗戦で気負いしているのか、必死の形相で気合を吐き出している。今にも襲いかかってきそうな殺気だ。
だが、守屋の構えは驚くほど落ち着いていた。
「……構えが、静かだ。今までと違う?」
瞬が呟くと、佐伯が静かに答えた。
「腹が据わってるんですよ。打とうという気を見せない」
相手の「打ちたい」という欲望が最高潮に達した瞬間、守屋が動いた。右足を静かに半歩踏み出し、竹刀をわずかに右へ開く。それは、自分の面を「どうぞ打ってください」と言わんばかりの無防備な誘いだった。
(……さあ、おいで)
相手がその餌に飛びついた。
「メェェーン!」
守屋の頭上目がけて竹刀が振り下ろされる。だが、守屋の竹刀はすでに上方にあった。
――シャリ。
鎬で相手の竹刀の軌道をわずかにずらす。そのまま半円を描くように竹刀を落とし、相手の脳天を捉えた。
パァーン!
「面あり!」
「擦り上げ面……!」と凛が息を呑む。
「華麗ですね。相手の竹刀が面の軌道から外れていった」と佐伯が補足した。
「……誘ったんだ。相手が打突する前に、勝負は決まってた」
残心する守屋の姿は、芸術品のように美しかった。
二本目。一本取られた恐怖から、相手は打ってこない。守屋は一転、鋭い攻めで圧力をかける。相手が危険を察知し、迎え撃とうと手元を上げた時には、すでに守屋の竹刀が迫ってきていた。
「面あり! 勝負あり!」
戻ってきた守屋は、涼しい顔で肩を回した。
「攻めてからの誘いをやりたかったんだけどね。まあ、あれはあれで良かったかな」
「玄妙な技でしたね」と佐伯。
「かっこよかったよ!」と凛。
(すごいな、守屋……。あんなふうに相手を操れるなんて)
瞬がそう感じた時、一人だけ別の火がついた男がいた。
「大将、前へ!」
大吾が立ち上がる。守屋の「誘い」に感銘を受けたのか、その瞳には奇妙な決意が宿っていた。
「はじめ!」
大吾は微動だにしない。相手が間合いを詰めてきても、ただ竹刀を下げて面を差し出した。
「……え、危なくない?」と凛が眉をひそめる。
「まさか……大吾さん……」守屋の顔が青ざめた。
パァーーン!
「面あり!」
守屋のような「誘い」も「擦り上げ」もない。無防備に的を差し出しただけの大吾は、文字通り正面から叩き切られた。
「あのバカが!」康介の声が道場に響く。
「守屋の真似を……!?」瞬が絶句した。
「……理屈が伴わないのに、形だけ真似るからだ」佐伯が冷たく吐き捨てた。
一本奪われ、頭に血が上った大吾の剣道は、見る影もなく崩れた。力任せに竹刀を振り回すが、一度も相手に届くことはなかった。
「勝負あり!」
惨敗して戻ってきた大吾は、頭を掻きながら笑った。
「いやあ……みんな新しいことするからさ。はっはっは……」
「大吾、あとで師範室へ来い」康介の声は静かだったが、有無を言わせない重さがあった。
「しっかり指導してもらいなさい」凛が冷たく言い放つ。
「泥試合だったねぇ……」守屋が遠い目をした。
佐伯が、呆れたように瞬を振り返った。
「いいかい、瞬。心が乱れると剣道も乱れる。練習もせずに見よう見真似でする技は、ただの自殺行為だよ」
「……よくわかったよ」
瞬は、大吾でも形だけでは通じないことを胸に刻んだ。知っていることとできることは違う。自分の血肉にするまでの、泥臭い過程が必要なのだ。
「集合! 今日の練習試合の総括を行う」早川先生の声が道場に響いた。
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