第38話:試し合いの理
「中堅、前へ!」
号令と共に佐伯が立ち上がった。眼鏡の奥の瞳は、湖面のように凪いでいる。隣を通り過ぎる際、佐伯は一瞬だけ足を止め、瞬に視線を向けた。
「練習してきます」
「えっ?」
困惑する瞬を置いて、佐伯は試合場へ向かう。
「佐伯らしいね」
守屋が瞬の横で小さく笑った。
「練習してきた事が実戦で出せるか、試してくるんだよ。文字通りの『試し合い』さ」
「どうしても勝ちたいって思うと、自分の剣道が崩れちゃうからね」
凛も同意するように頷く。
試合開始。佐伯は動かない。竹刀の先が触れるかどうかの、遠い間合い。
「……攻めてない?」
「いや、始まった瞬間に構えを『作った』よ。ほら、見てな」
相手が間合いを詰めようと一歩踏み出した刹那、佐伯が飛んだ。
――メェェーンッ!
鮮やかな飛び込み面が決まる。
「あんなに遠くから……」
「嫌なところを突くね。相手は打つことしか考えてなくて、間合いを詰めようとした。まだ遠いから安全だと思い込んでいた、その『無防備な一歩』を佐伯は見逃さなかった」
二本目。相手が佐伯に近づこうと、焦って前に出る。
――パァーン!
相手の面が佐伯の竹刀に吸い込まれた。
「勝負あり!」
戻ってきた佐伯は、息一つ乱さず眼鏡を直した。
「上手くできました。一つ、技が増えましたよ」
(……いったい、どれだけ先があるんだ……)
ようやく開いた扉の先には、さらに巨大な扉がいくつも立ち塞がっていた。
「俺はもっと、柔らかくいこうかな」
次は、副将・守屋の出番だ。




