第37話:答えへの扉
「次鋒、前へ!」
早川先生の号令に応じ、凛が静かに立ち上がった。
すれ違いざま、彼女は瞬にだけ聞こえる声で「やるわね。見てなさい」と告げ、試合場へと進んでいく。
瞬は自分の試合を終えた昂揚感を抱えたまま、仲間の元へ戻った。だが、その頭の中では、佐伯の言葉と老師の記憶が激しく渦巻いていた。
(打つ前に……わかる? 勝ってるから、決まる……)
凛の宣言通り、瞬はその動きを食い入るように観察した。
凛の剣風は華やかだ。鋭い踏み込みと、流れるような足さばき。今までの瞬なら、その足の動きを「相手を惑わすフェイント」だと思っていただろう。
だが、今の瞬の目には違って見えた。
(……違う。あれは、一振りするための『準備』だ)
凛がじりじりと間合いを詰める。
(攻めて……相手に隙がない。だから打たない。相手が攻めてくる……間合いを切る。また攻める、攻める。……あ、相手の手元が浮いた!)
「コテェーッ!」
瞬が予感した瞬間、凛の素早い打突が相手の小手を捉えた。
「小手あり!」
「決まった……」
瞬は息を呑んだ。打突の瞬間ではなく、その「直前」に何が起きるかが、見え始めていた。
「二本目!」
瞬はさらに集中を深める。凛の動きを、頭の中で実況中継するように追いかけた。
(すぐに攻める。相手が居付いた。……打つ! ……あ、惜しい。今のは少し遅れた)
しかし、次の瞬間、瞬の背筋に冷たいものが走った。
(……攻められてる!?)
青原中の次鋒も意地を見せていた。激しい圧力に飲まれた凛が、反射的に手を出してしまう。
「コテッ!」
凛の放った小手は浅い。相手はそれを見逃さず、凛の竹刀を上から叩き落とした。合小手面――。
剥き出しになった凛の面に、相手の剣先が迫る。
(……打たれる!)
本能的な恐怖。だが凛は、反射的に首を捻り、その一撃を紙一重で躱した。
「危ないですね。攻め負けている状態で、手を出すから」
隣に座る佐伯が、瞬に聞こえるようにわざとらしく呟いた。
瞬の心臓が激しく脈打つ。
(攻め負けていると、あんなに危険なんだ……)
瞬は、今まで「打った瞬間」ばかりを見ていた。
速い打ち。力強い打ち。遠間からの鮮やかな飛び込み。
だが、それはすべて「結果」に過ぎない。
(見てるところが違うんだ。打つ前を……『竹刀を振る前に何をするか』を見るんだ)
今まで信じていた、打突の速さこそが正義だという世界が、音を立てて崩れていく。
代わりに、暗闇の中にあった「答えへの扉」が、ゆっくりと開き始めた。
(……そうか。打つ前に『攻め勝っている』から、決まるんだ!)
試合場では、凛が最後の勝負に出た。
凛の鋭い圧に、相手は小手を警戒して手元を下げ、守りに徹する。
その瞬間、凛の剣先が相手の竹刀の下、鍔元を鋭く攻めた。
パァーーン!
相手の意識が下に向いた刹那、凛の竹刀が面を捉えた。
「面あり! 勝負あり!」
「そんな攻め方が……」
驚愕する瞬の横で、守屋がいつも通りの柔和な笑顔で言った。
「今のは上手かったね」
(……当たり前のことなのか!?)
自分がようやく見つけた革命的な真理。しかし、このチームの者たちにとっては、当たり前なのだ。
瞬は自分の成長に武者震いすると同時に、明鏡館という場所の奥深さに、改めて戦慄していた。
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