第36話:勝って、打つ
合同稽古の熱気が冷めやらぬまま、康介の一声が道場を引き締めた。
「さあ、最後は試合形式だ。礼儀正しく、全力で。それだけだ」
青原中の早川先生が深く頷く。
「うちの子たちも、今日の稽古で何かを掴んだと思います。思い切りやらせてやってください」
先鋒戦:瞬 対 杉森
蹲踞から立ち上がった瞬間、杉森の目に迷いはなかった。
「桐谷くん。今度こそ、一本取る」
瞬は無言で頷いた。
「始め!」
先手必勝。杉森は稽古で学んだことを全て出そうと、真っ直ぐに間合いを詰めてくる。その足さばきは、朝の地稽古より確実に鋭くなっていた。
(成長してる……)
瞬は素直にそう思いながら、左足で床を掴んだ。じわりと、腰を前へ押し出す。
だが杉森は止まらなかった。瞬から発せられる圧力を、勇気で振り払うようにして、杉森が鋭い踏み込みとともに面を狙ってくる。
その捨て身の勢いを、瞬は正面から受け止めた。
相手が打突の動作に入り、竹刀が振り上げられる――その刹那だった。
パァーーン!
静寂を切り裂く乾いた音が道場に響く。瞬の竹刀が、最短距離で杉森の頭部を捉えていた。
「面あり!」
審判の旗が鮮やかに上がる。
康介はその様子をじっと見つめ、心の中で頷いた。
(心構えができていたな。相手の勢いに動じず、その起こりを見事に捉えた。迷いのない、見事な出頭だ)
杉森は悔しそうに唇を噛んだが、すぐに顔を上げた。
「もう一本!」
その真っ直ぐな瞳に、瞬は少しだけ目を細めた。
二本目。杉森は今度こそ慎重に間合いを保ち、瞬の出方を伺う。瞬が一歩踏み込めば、一歩退く。竹刀で中心を割り、決して隙を見せない。
(……守ってる)
瞬は焦らなかった。打とうとするのではなく、ただ、じわりじわりと「一歩」の圧をかけ続ける。
杉森(っ!? どこまで来るんだ……。もう後がない、横に動くしか……!)
瞬の圧力に下がり続けた杉森は、いつの間にか白線ギリギリまで追い詰められていた。
退路を断たれた杉森を、瞬は逃さない。右足でさらに攻め込むと同時に、剣先を僅かに面の軌道へ乗せる。
杉森(打たれる――!)
その錯覚に耐えきれず、面を防ごうと手元を上げた瞬間。
パシィィン!
瞬の竹刀が、無防備になった小手を正確に捉えた。
杉森が、力が抜けたように小さくつぶやく。
「……まいった」
「小手あり。勝負あり!」
次の試合へ向かう凛とすれ違う。
「やるわね。見てなさい!」
凛の言葉を背に受けながら仲間の元に戻ると、佐伯が声をかけてきた。
「二本目は、打つ前に決まるのがわかりましたよ」
「打つ前に……?」
その言葉が、瞬の記憶の底にある古い言葉を微かに揺らした。かつて老師が、遠い目で語っていた言葉。
『瞬よ。打って勝つのではない。勝ってから、打つんじゃ……』
当時は、ただの言葉遊びにしか聞こえなかった。
(……打つ前に、勝つ……?)
答えへの扉が、今、静かに開き始めていた。




