第3話:道場の洗礼
翌日。
瞬は独り、肩に食い込む防具袋の重みに耐えながら、明鏡館の門前に立っていた。
小学校の六年間、なんとなく続けてきた剣道だ。
だが、目の前に鎮座する古びた道場は、これまで通っていた体育館とは明らかに異質な、威圧感を放っている。
(……チッ、やっぱり帰りてぇ……)
逃げ場を失った緊張のせいか、下腹部に不意の尿意が込み上げてきた。
瞬は建物脇の庭の隅へと向かい、誰もいないことを確認して、ズボンのベルトに手をかけた。
その、刹那。
「コラ。道場の敷地内で何しようとしてんだよ」
「ひぇっ!?」
背後から飛んできた、太く、芯の通った声。
振り返ると、そこには館長・成瀬康介が立っていた。
「中に入るぞ。トイレの場所も含めて案内してやる」
「あ、はい……すみません」
顔を真っ赤にして慌ててズボンを整える。その時だった。
康介のすぐ背後に、一人の少女が立っていることに気がついた。
腰まで届く艶やかな黒髪と、すべてを見透かすような鋭い瞳。
誰もが足を止めるような美少女だった。
だが、彼女が瞬に向けた視線は、冷徹な拒絶だった。
「……信じられない」
薄氷のように冷たく尖った声。
「お父さん。……本当に、この人を入れるの?」
「あ、おい、凛! 待て!」
「……六年やってこれなんて、先が思いやられるわ」
彼女は凛とした足取りで道場の奥へと消えていった。
*
更衣室の重い戸を開ける。
そこには、丁寧に袴のヒダを整えている少年――佐伯彰がいた。
「成瀬先生から話は聞いている。新入部員が来るから温かく迎えてやれ、と」
佐伯は眼鏡の奥から瞬を一瞥した。
「だが君。その歩き方は感心しない。無駄な音を立てる行為は、この場の静寂に対して失礼だ」
(……どこが温かいんだよ……)
瞬が呆気に取られていると、背後から凄まじい勢いで引き戸が開け放たれた。
ガラァァァーーーッ!
枠に激突する寸前、一人の大男が指一本で、戸を「ピタリ」と止めた。
「……大吾。扉の開け方が雑だ。何度言えばわかる。乱暴な行動は慎めと」
佐伯が呆れたように吐き捨てる。現れたのは、中学生とは思えない筋肉質の大男、荒木大吾だった。
「っはは! わりぃな佐伯。これでも気を使ったんだぜ」
大吾は豪快に笑いながら、瞬を見下ろした。その眼光は猛獣のように鋭い。
「お前が桐谷か。早速凛を怒らせるたぁ、なかなかやるじゃねーか」
大吾はニヤリと嬉しそうに笑った。
「早く稽古しようぜ。お前がどんなもんか、俺が試してやるよ」




