第2話:万力の掌
翌日。
町外れにある、古びた木造建築の前に瞬は立っていた。
『明鏡館道場』
年季の入った看板が、逃げようとする瞬を睨みつけている。
「おーい、待ってたぞ!」
道場の中から現れたのは、岩を削り出したような厳つい顔の男、成瀬康介だった。
「久しぶりだな、裕一。遥ちゃんは相変わらず若々しいね」
「もうヤダ、成瀬先輩ったら正直なんだから!」
バシバシと康介の背中を容赦なく叩く遥。
康介は苦笑しながら、瞬に歩み寄った。
逃げようと一歩引いた瞬間。
その肩を、分厚い掌が鷲掴みにした。
力は強くない。だが、逃がす気もない。
万力のような確信を伴った手だ。
「明日から、うちに来い。お前の入学する中学には剣道部がないんだろ? だったら、やる場所はここしかない」
「……俺は、違う部活をやるって……」
「それも一つの道だな」
康介は、試すようにニヤリと笑った。
「ただ――逃げるなら、一度ちゃんと来てからにしろ」
その言葉が、瞬の胸の奥にある『開かずの扉』を突き破った。
あの日、暗闇の中で聞いた『逃げた』という蔑み。
反射的に、肺の底から声が爆発していた。
「逃げねぇよ!!」
売り言葉に買い言葉。
康介が「ほぅ」と口端を上げ、父親はニヤリと笑い、遥は「へぇ」と面白そうに声を漏らす。
「……あっ。やべ、つい……」
「じゃあ、決まりだな」
康介の野太い声が、道場の天井を震わせた。
輝かしいはずの中学生活。新しい世界への扉。
それらが今、音を立てて閉じていく。
「……終わった……」
瞬の絶望をよそに、古びた道場からは、微かに使い込まれた防具の匂いが漂ってきた。




