第32話:嵐の前、陽だまり
明鏡館道場に、穏やかな陽光が差し込んでいた。
「ようこそいらっしゃいました、早川先生」
康介の穏やかな声が、どこかピリッとしていた道場の空気を和らげる。
「急に無理を言って申し訳ない、成瀬先生。ウチの生徒たちがね、『また、あの人たちと一緒に剣道がしたい』って聞かないもんだから」
早川先生は照れくさそうに笑いながら続けた。
「ウチみたいな弱小校を相手にしてくれるところなんて、なかなかないから。本当にありがたいよ」
「弱小だなんて……。一緒に剣道をしてくれる相手がいるだけで、私たちは感謝しているんですよ」
康介は道場の中央で、準備をする教え子たちを真っ直ぐに見つめた。
「孤独が一番つらいですから。ウチの子たちは、そこをよく分かってくれています」
青原中の生徒たちが、緊張した面持ちで道場に入ってくる。その中に、以前瞬と剣を交えた杉森の姿があった。
「こんにちは、桐谷くん。……僕のこと、覚えてるかな?」
「もちろんだよ、杉森くん。君のおかげで、また一つ剣道が楽しくなったんだ」
瞬の言葉に、杉森は驚いたように目を丸くした。
「えっ、ほんとに? 僕、あの時は全然相手にならなかったのに……」
「あ、いや、それは……試合の勝ち負けじゃなくて。その、挨拶してくれたのが嬉しくて」
瞬は本気でそう言ったのだが、隣にいた凛がすかさず口を挟んだ。
「ちょっと瞬! 『試合の内容は別』なんて失礼ね!」
「えっ!? あ、いや、そんなつもりじゃ……!」
「もういいわよ。――杉森くん、上がって。早く一緒に稽古しましょう」
凛の明るい誘いに、杉森は顔を赤くして頭を下げた。その後ろでは、大吾が胸を張っていた。
「よし、俺が案内してやる。おっと、扉は静かに開けるんだぞ。そこに『心』が出るからな」
「ははっ、大吾がそれを言うかなぁ」
瞬の苦笑いが道場に響き、緊張が完全に解けていった。
佐伯が涼しい顔で案内するが、ふと立ち止まり、一人の少年の前で鼻を動かした。
「ん……そこのあなた。防具が少し匂いま――」
「ようこそいらっしゃい! さあどうぞどうぞ、こっちですよ!」
守屋が弾かれたように佐伯の口をふさぎ、強引に誘導する。
笑い声と、和やかな会話。
しかし、その明るさとは裏腹に、瞬の心は深い霧の中にあった。成長の実感がない。一度は勝ったはずの杉森にさえ、今の自分の剣道が通用するのか。夜の闇の中、孤独に繰り返した「一歩」。その感触を、信じきれない自分がいた。




