表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/32

第28話:静寂の場所

 佐伯さえき あきらは、幼少の頃から体を動かすことが嫌いだった。

 体育の授業、喧騒の中で皆がサッカーに興じる中、彼にボールが回ってくることはない。自分でもそれを望んではいなかった。自分の思い通りに体を動かせない「不器用さ」への強い苦手意識。協調運動を苦手とする彰にとって、スポーツの場は単なる「恥をかく場」でしかなかったからだ。

 運動はままならなくとも、彼は別の方法で自分の世界を支配しようとした。「手の汚れを完璧に落とす」「持ち物をミリ単位で整える」。自分の意志で100%制御可能な、この「整っている状態」への執着。それがいつしか、潔癖症に近い症状となって彼を縛り始めていた。

 そんな彰を心配した両親が、悩み抜いた末に頼ったのは剣道だった。近所に住む中学校の教員で、剣道の達人だという男の噂を聞き、相談を持ちかけたのだ。

「ちょうど良かった。ウチの娘も始めたばかりで、稽古相手が欲しかったんだ」

 成瀬なるせ 康介こうすけは、心底嬉しそうな顔で一家を迎え入れた。

 両親に手を引かれ、明鏡館の門をくぐった彰の目に飛び込んできたのは、古びて、しかし凛とした静寂を湛えた建物だった。学校の体育館のような騒々しさはない。その空気が、彰には不思議と心地よかった。

「剣道はな、相手をやっつけるスポーツじゃない。自分と向き合う武道なんだよ」

 康介が優しく語りかけながら、娘のりんを紹介する。

「とりあえず、今日は中で遊んでいけ。広い道場は気持ちいいぞ」

 促されて凛と共に中に入った彰だったが、すぐに足を止めて顔をしかめた。

「なんか……臭い……」

 思わず鼻をつまんだ彰に、凛が弾んだ声で答える。

「やっぱりわかる? お父さんに言っても、ちっともわかってくれなくて!」

「掃除をしないと」

 彰が眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、使命感に燃えた瞳で言う。すると、凛がパッと笑顔になり、勢いよく手を挙げた。

「賛成!」

 二人の小さな子供は、ぎこちない手つきで雑巾を絞ると、遊び半分、しかし真剣に、仲良く床を磨き始めた。

 その様子を、彰の両親と康介は、春の陽だまりのような優しい目で見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【読者の皆様へ】 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます! 本作は全159話完結済みです。 完結まで毎日2回(朝・夜)、欠かさず更新してまいります。 もし少しでも「続きが気になる」「瞬を応援したい」と感じていただけましたら、 **下の【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして応援いただけると、執筆の大きな励みになります。 皆様の一票が、より多くの読者にこの物語を届ける力になります。 よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ