第16話:澱(よど)み
観覧席の隅。
佐伯から渡されたスポーツドリンクを口に含み、凛は静かに呼吸を整えていた。そこに、康介が合流する。
「調子は良いみたいだな。次のリーグまでしっかり休め」
その時、周囲の空気が一変した。
波が引くように人混みが割れ、白いジャージを纏った一団が現れる。王者、虎皇館。
その中央を歩く男――大河内と、康介の視線が交差した。
康介は無言のまま、かつての先輩へ深く頭を下げる。それは屈服ではなく、かつて同じ高みを目指した者への、乾いた礼節だった。
大河内は足を止めず、すれ違いざまに吐き捨てた。
「ゴミ拾いか。……下位リーグがお似合いだな、成瀬」
その声は驚くほど平坦で、慈悲の欠片もなかった。
康介は頭を下げたまま、何も言い返さない。ただ、握りしめた拳だけが、微かに震えていた。
凛は、その光景を横で見ていた。
父が侮辱され、それでも教え子のために沈黙を守る姿を。彼女の瞳には、射抜くような鋭い光が宿っていた。
去りゆく大河内の背中に、凛の視線が突き刺さる。大河内が僅かに足を止めたように見えたが、彼は振り返ることなく雑踏の中へ消えた。
数分後。通路から戻ってきた瞬、大吾、守屋の三人が合流した。
瞬の膝は、自分の意志とは無関係に小刻みに震えている。五人の間に流れるのは、先ほどまでの快進撃を忘れさせるような、冷たい沈黙だった。
その中心で、康介は顔を上げ、静かに口を開いた。
「……答えは一つじゃない。行くぞ、次の試合だ」
肌を撫でるのは、使い込まれた防具の匂いと、抗いようのない格差の感触。
それでも、五人の足は再び試合場へと向かい始めた。




