第148話:魂の咆哮
立ち上がると同時に、守屋が咆哮した。
それは、過去の自分、今の自分、自分を捨てた者、拾い上げた者、慕う者、そして羨望する者――
守屋という人間の人生に触れた全てに向けた、魂の叫びだった。
その声に、かつての怯えや加治屋への恐れなど、微塵も混じってはいない。
加治屋が鋭く攻める。
誰もが加治屋特有の、軌道をずらして『当て』に来るトリッキーな技を想像した、その刹那。
中心を真っ向から割る、最短距離の「面」が炸裂した。
だが、守屋の竹刀は、すでにそこにあった。
一分の隙もない完全な防御姿勢で、守屋はその一撃を冷徹に捌き切る。
(この技だ……変幻自在な攻めに惑わされ、警戒した瞬間に放たれる真正面の『技』。前はこれに心を折られた)
竹刀が交差する至近距離。
守屋の瞳に宿るのは、昏い光ではなく、澄み渡った確信の光だ。
(だが加治屋、もう……俺には通用しない!)
捌き終えた反動をそのまま推進力に変え、守屋の怒涛の猛攻が始まった。
加治屋の竹刀を力強く打ち落としてからの『引き面』。
加治屋が上半身を捻り辛うじて躱すが、守屋は着地の瞬間に地を蹴り、すでに間合いを詰めていた。
『面』の気位で中心を攻め、敵が手元を上げた瞬間の『小手』。
加治屋の竹刀が真横に向けられたそのわずかな隙を逃さず、守屋の柔らかな手首が、蛇のようにしなり、横から一閃した。
加治屋はかろうじて鍔で剣先を弾き、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
(この技の多さと、手首の柔らかさに前は手こずったが……所詮は小細工。お前は正面からの打ち合いには弱いんだよ!)
守屋を睨みつけ、己の優位を確信した加治屋が、鍔迫り合いから離れ、渾身の力で攻め込んだ――その瞬間。
守屋の身体が、弾かれたように前へ出た。
迷いのない『出頭面』が、武道館の空気を鮮烈に切り裂いた。
「面あり!」
加治屋は、審判の宣告が信じられなかった。
(守屋が……『出頭』だと!?)
自分の勝利を疑わなかった加治屋の心に、取り返しのつかない亀裂が走った瞬間だった。




