第146話:言葉の真意、師弟の円環
試合終了を告げる笛の音が、武道館に鳴り響いた。
「勝負あり!」
大月の一振りに陶酔したかのような、審判の声が静寂を切り裂いた。
「参りました……」
礼を交わす佐伯が、小さく、だが凛とした声で呟いた。
明鏡館の陣営――康介の元へと戻ってきた佐伯は、深く頭を下げる。
「力……及びませんでした」
「帰って、稽古だな」
康介は、ただ一言、そう言った。
虎皇館の陣営では、大河内が自陣に戻ってきた大月を見るよりも、佐伯の後ろ姿から目を離せずにいた。
かつて、大歓声の中で敗北を認められず、見苦しい態度を晒した自分。
それとは対照的に、敗北のなかにさえ確かな気品を纏う佐伯の姿。
そして、かつての後輩・成瀬康介が弟子に掛けた言葉。
(帰って、稽古だな……)
喧騒のなか、その声が実際に聞こえたわけではない。
だが、大河内には確かにそう聞こえた。
それはかつて、自分が負けた時に『師』から贈られた言葉と、全く同じだった。
当時の自分は、その言葉を単なる「叱責」だと捉え、逆恨みさえした。
だが、佐伯を慈しむ康介の瞳を見て、ようやく悟ったのだ。
あの言葉は、突き放したのではなかった。
「精一杯戦ったな。お前はもっと強くなれる。だから、また共に歩もう」という、祈りにも似た親心だったのだと。
康介と佐伯の姿が、かつての師と自分に重なり、視界が滲む。
「……先生……」
どんなに勝ちを積み上げても満たされなかった大河内の心の乾きが、静かに、熱く潤されていく。
目の前に立ち止まった大月へ、大河内は顔を伏せたまま、言葉を絞り出した。
「よくやった……」
その一言は、大月に、そしてかつての自分自身に向けられた、和解の言葉だった。




